2008.05.15

本日の野外連取 5月15日

目が覚めた。
窓からの朝日がまぶしい。
ようやく暖かい日が戻ってきた。

今夜は久しぶりに目白駅横の広場でギターを練習してこよう。

仕事が終わって、電車に乗って、目白駅到着は7時過ぎ。
いつもの駅横広場の隅っこへ。
干し芋でちょいと腹ごしらえ。
ウェットティッシュで手を拭いて、ギターを出して弾きはじめる。

4,5人の中学生の男の子が追いかけっこで走り回る。

 ダ、ダッダ
 ダ、ダッダ
 ドタドタ ドタドタ
 ダ、ダッダ

チラシを配るお兄さん。

 イーオンです。
 ヨロシクオネガイシマス
 イーオンでーす・・・

めったに受け取ってもらえないチラシ。
お兄さんの声が寒そう。

最初は歌っていたけれど、途中から黙ってギターの練習になった。

Aventuraの最初のリズムと、Ijexaのリズムは、似ているけれど違うのよね・・・・何度も何度も弾いてみる。

1時間経過。中学生は帰っていった。
1時間半経過。チラシのお兄さんはまだお仕事中。

ブルン。体が冷えてきた。今日はここまで。99円ショップで野菜を買って帰ろうっと。

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2008.05.11

一日休めば・・・

子供のころに教えられた言葉にこんなものがあった。

 芸事は
 一日休めば自分でわかり
 二日休めば師匠にわかり
 三日休めば客にわかる。

たゆまぬ努力、精進の大切さを説く言葉。

なんて大げさな言葉なだろう、と子供心に思った。エライゲイジュツカのための言葉なんだろうなあ。わたしには関係ない、カンケイナイ・・・と思っていた。

最近、練習のたびにこの言葉を思い出す。

 「一日休めば自分にわかり、」

「あ、この間までできなかったことが今日はちょっと出来るみたい!」という瞬間がある。その「できるみたい」なきっかけを逃さずに何日間か集中して練習できるといいのだが、そういうときに限って仕事が夜遅くなったり、あるいは、目前に迫ったライブ用の曲を練習しなければならなかったりで、せっかく掴みかけた小さな進歩の兆しをとことん追求する基礎練習に時間を使えないことがある。

何かをつかみかけているときは練習を休んではいけないのだ、と痛感する日々である。

ギターは両手で弾くものだ、とある日気がついた。ギターで鳴らすリズムは、弦をはじく右手と弦を押さえる左手の共同作業で生まれるのだと。

それは当たり前のことで、ずっと前から理解はしていたことだけれど、ある日、「それはこういうことなんだ、きっと!」と体で納得する瞬間があった。

でも、それはあくまでも一瞬のことで。その「小さな進歩の兆し」を掴み損ねると、またいつもの「どったん、ばったん」のギターに逆戻り。

ひたすら弾き続ける。あの時、わたしのギターから聞こえたの一瞬のリズム。右手の指の力が抜けて、パーカッションを叩くようにスパッと弦を弾き、左手は左手でリズムを刻み、両手の相乗効果でくっきり、シャキっとしたリズムが鳴った数秒間。

ああ、あの時、何時間でも、何日でも弾き続けるべきだった。

あの数秒間の奇跡を、奇跡ではなく自力で再現できるようになるために、ひたすらギターを弾き続ける今日この頃。

わたしの体験した奇跡など、ギターをちゃんと弾ける人にはできて当たり前のことなわけで、ここで「芸事は一日休めば・・・」なんていう格言を持ち出すのは大げさな話だ。

けれど、今のわたしがギターのごくごく基本的なところで「進歩の兆し」をつかみそこねて歯がゆい思いをするということは、達人たちも、芸事に真摯に取り組む人であるならば、常に「進歩の兆し」を逃すまいと追求し続けているのだろう。その探究心がおろそかにされたとき、「二日休めば師匠(その分野をよく知る人々)にわかり、三日休めば客(その分野に詳しくない人々)にわかる」という結果になるのろう。

一日休めば自分にわかる。本当によくわかる。今現在、「一歩進んで二歩下がる」状態のわがギター。なんとか、「三歩進んで二歩下がる」状態に持っていきたいものだ。


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2008.05.10

七つの子

ブラジルの歌手、ヘナータ・ブラスがゲスト出演するというコンサートを聞きにいった。
配布されたプログラムを開くと、何曲目かに「ヘナータ・ブラスがサンパウロで知り合いの日系人に教えてもらった日本の歌を日本語でご披露します」と書いてある。

コンサート後半。「これからヘナートが日本の歌を歌います」という紹介のあと、ヘナート・ブラスはゆっくりとギターを弾いて歌い始めた。

 カーラース
 ナゼ ナクノー

客席からかすかな笑い声が漏れた。それは、ステージ上のちょっとしたアクシデントを笑うのに似た忍び笑いだったけれど、とにかく客席の日本人の何人かは笑った。

ヘナート・ブラスはゆっくりと歌い続ける。

 カーラース 
 ナゼ ナクノー
 カラスワ ヤーマーニー

なぜ笑うんだろう?

大の大人の彼が、日本の歌を歌いますといって歌ったのが子供の歌だったから?

それとも、歌い方かわいらしいから?

ポルトガル語を母語とするヘナートの日本語の発音はかなり上手だったけれど、出だしの「カーラース」の最初の「カ」は、日本語の「カ」よりもずっと口を横に開いた明るい響きの「カ」だったかもしれない。それがかわいらしく聞こえたから笑ったのか?

ヘナート・ブラスがこの歌に特別の愛着を持っていたかどうかはわからない。おそらくコンサートの主催者の要請にこたえて日本の歌をうたったのだろう。

けれど、日系人に教わったというのが本当の話だとすれば、この歌の歌詞の意味を少しは聞いていただろう。そして、「日本人なら誰もが知っている童謡で、とても懐かしい歌だ」というふうに聞かされたのではないだろうか。少なくとも、この歌を日本でうたって、客席から忍び笑いが聞こえるとは思いもよらなかったことに違いない。

なぜ笑うんだろう?

わたしは恥ずかしくなった。忍び笑いの客席が腹立たしかった。歌い終わったあとの、ブラジル通らしき観客のÓtimo!(すばらしい!)の歓声が疎ましかった。

なぜ笑うんだろう?

わたしはとても惨めになった。日本人は、いつから「七つの子」を素直になつかしいと感じなくなってしまったのだろう?
外国人が「七つの子」を歌ったときに、この歌の懐かしさを共有する心を、いつから失くしてしまったのだろう。日本人には日本の歌を愛でる感覚はもはやないのだろうか。

・・・・・

野口雨情作詞の「七つの子」の「七つ」とは何かという謎が取りざたされることがある。

七羽の子なのか?
七歳の子なのか?

どっちでもいいし、どっちでもない。

子ガラスの餌を探しに出かけては「カア、カア」と鳴き、子ガラスが待つ巣に帰るにつけて「カア、カア」と鳴く。「かわいい、かわいい」と鳴かずにはいられない親カラス。

生まれたわが子を無条件にかわいいと感じる。そういう仕組みが鳥や獣の遺伝子には組み込まれているに違いない。わが子はかわいい。かわいがらずにいられない。それは、次の世代に命を伝えるために野生の動物の遺伝子に組み込まれた仕組み。もちろん、人間にもその仕組みは備わっていたはずだ。

野生の動物は過酷な条件の下で生きている。自分が生きるだけでも命がけなところに子供を産んで育てなければならない。子育ての原動力が「わが子はかわいい!」という感覚ではないか?

「可愛、可愛と烏は啼くの」という言葉に共感していた日本人の多くは、日々の生活が苦しくて、その苦労の中で、「わが子はかわいい!」という感覚に支えられて、突き動かされて、必死に子育てして生きてきた。

その「わが子はかわいい!」という野生の動物に共通の感覚がだんだん薄れているのかもしれない。そして、「七つの子」の歌詞に込められた切ないほどの親心を聞き取れなくなっている。

「子供を産んだことのないくせに何、感傷的なこと言ってるの? 子育てってそんなあまっちょろいものじゃないわよ!」と言われるかもしれない。

実際、わたしは小さい子供が苦手。人間の子供よりは猫のほうに親近感を持っているぐらいだ。

けれど、根拠のない確信がある。自分の子はかわいいに違いない。もしも自分に子供がいたならば、思い通りにならぬ子育てに右往左往しながらも、「わが子はかわいい!」の一念でがむしゃらにがんばるのではないか、という気がする。他人の子はともかく、自分の子はかわいいと感じるように思う。そういう大人でありたい。そういう人でありたい。


 七つの子
  
   野口雨情作詞
   本居長世作曲

 烏 なぜ啼くの
 烏は山に
 可愛い七つの
 子があるからよ
 可愛 可愛と
 烏は啼くの
 可愛 可愛と
 啼くんだよ
 山の古巣に
 行つて見て御覧
 丸い眼をした
 いい子だよ


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2008.05.05

ライブ快

最近、ひそかに追っかけているお兄さん(おじさん?)がいる。

りびけん

だいぶ前に、荻窪アルカフェに遊びにいったら、この不思議なお兄さん(おじさん?)がウクレレ弾き語りをしていて、ウクレレも上手いけど、歌いっぷりのよさがちょっと気に入った。

アルカフェは、ウクレレが壁にたくさんぶら下がっている店なのだが、りびけんさんは、歌い(弾き)終わると、壁にかかっているウクレレをみんなに配って、突然ウクレレ教室を始めた。

おかげで、「バラが咲いた」のコードを教えてもらえて、その後わたしのカヴァキーニョ(ウクレレの従兄弟みたいなブラジルの楽器)弾き語りの数少ないレパーーリーリーに加わった。

なんだか、愉快なおじさんだ。いや、お兄さんかな。

それっきり。りびけんさんのことはすっかり忘れていた。

一月ほど前だったか。ひょんなハズミでりびけんさんのブログを読んだら、これが面白い。その日、その日の出来事などなどをずばずばずばっと書きなぐる。読んですっきりするブログである。

そして、りびけんさんはウクレレ弾き語り以外にアカペラコーラスをやっていることを知り、池袋のお店に聞きに行った。

類は友を呼ぶ。歌いっぷりといい、かっこつけない(かっこつけてるのだとしたら、ごめんなさい。ほめてますから)、少々危なっかしいハーモニーを補って余りある愉快なアカペラコーラス。すっかりご機嫌になったわたしは、ついつい自分も歌いたくなり、前半のステージを聞いたところで帰ってきてしまった。

池袋駅から高架下の歩道を大きな声でサンバを歌いながら歩いて帰ったのである。

そのりびけんさんが、新宿のライブハウスの弾きがたりデーに急きょ出演が決まったという。

その日は四谷で友人たちと食事をしていた。彼女達と別れたのが8時ごろ。りびけんさんの出番は確か最後だった。今から歌舞伎町に向かえばちょうどいい時間だ。

歌舞伎町の店に着くと、何番目かの出演者がオリジナルを弾き語っていた。その次は、ちょっとお笑い系の入った弾き語りのお兄ちゃん。

わたしは非常に行儀の悪いお客であった。なにしろりびけんさん以外は興味がない。弾き語りお兄ちゃんの声がガンガン響く中、ソファに座って居眠りしていた。

そして、りびけんさんグループ登場。

名づけて三馬鹿トリオ。

類は友を呼ぶ。
名は体を現す。

すばらしくお馬鹿でご機嫌なライブ。ウクレレはシャキッと鳴り、パーカッションは小気味よい。そしてりびけんさんのすかっとする歌いっぷり。わたしは勝手に立ち上がって、歌って踊って手拍子して、キーホルダーについているブラジル土産のミニガンザを振って、愉快さを体一杯満喫させていただいた。

昔、名曲喫茶というお店があった。大きなスピーカーからクラシック音楽がかかり、人々は黙々とクラシック音楽を聴いて過ごす。

ある名曲喫茶には、レコードに合わせて指揮棒を振る名物おじいちゃんがいたという伝説を聞いたことがある。

昨夜のわたし。ステージ上のトリオの思惑も、行儀よく聞いてるほかのお客の迷惑もなんのその、ひとりで勝手に盛り上がって、ライブが終わると挨拶もせずにさっさと帰る。

そんなわたしは、はたからみれば名曲喫茶の指揮棒おじいさんのようだったかもしれない。完全に自分の世界に浸っている変なおばさん。

今のわたしは濃い音楽、濃いパーフォーマンスが欲しい。客席で心置きなく盛り上がれるような、ガツンと楽しませてくれるライブが欲しい。

そういう気分にジャストフィットなライブを聞けると最高に満足できる。朝、目が覚めたときに、「今日はとんかつだ!」とひらめいた日に、その日の予定をやりくりして、首尾よく最高に美味いトンカツにたどりついた喜びに通じる充実感である。

そうなんだ。わたしにとってライブは快感なんだと思う。

その日の気分、心境、体調にジャストフィットなライブを聞きたいという欲求は、食欲にかなり近い生理的な欲求なのだと思う。

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2008.05.04

筋トレ

「今年のクリスマスはブラジルに行こう!
新年のカウントダウンはリオ・デ・ジャネイロ!
サンバをいっぱい覚えて
ブラジル人といっしょに歌いまくろう!」

新年早々、サンバ仲間3人で設定した今年の目標である。

さっそく、サンバ・レパートリー拡充作戦開始。

最初の課題曲は、Não Quero Saber Mais Dela~Malandro Sou Eu~Sonhando Eu Sou Felizの3曲。Beth Carvalhoのアルバムに入っているメドレーをそのまま覚えて歌おう!というものだった。

アップテンポのノリのいいメドレーが楽しくて、「これ、歌いたいねえ!」とやる気になったものの、いざ覚え始めてみると、アップテンポすぎて歌詞がメロディにはまらない。音程が聞き取れない。譜割りも疑問だらけ。

3曲メドレーの1曲目で早くも挫折しそう。

サンバ三人組ではパーカッション担当だから歌だけ覚えればいいのだが、この強敵メドレーをねじふせるには、ギターを弾いてひとりで歌えるまでにマスターしなければならぬ!

わたしは奮起した。

かなりの苦労の末になんとか3曲を歌えるようになると、今度は3曲のギターのコード進行を覚える。これで、なんとか弾いてうたえるはず。

ところが。

ここで思わぬ難題に出くわす。3曲メドレーを、歌いたいテンポで、シャキッとした音で弾きとおすことができない。右手が途中で力尽きてしまうのです。

サンバのリズムを刻む右手。一定のテンポで、失速することなく、明確なタイミングで、シャキッとした音色で弾き続けることができない。

たった6分のメドレーを弾きとおせない。なんて柔なわたしの右手。

この右手にサンバ筋をつけねば! 6分のメドレーを弾いてはひたすら右手を鍛える日々である。

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2007.11.12

小指の特訓

ブロウウェルのシンプルエチュードの1番。
今年のギター教室の発表会はこれを弾こうと決めたのは10月の半ばだった。

このところサンバ弾き語りに気持ちが傾いて、ギター教室の課題はほったらかし。
シンプルエチュードなら、かろうじて暗譜しているから、今年はこれをテキトーに弾いておこう・・・という軽い気持ちで選んだはずだった。

ところが、発表会までの1ヶ月間、この曲にずいぶんと泣かされた。

右手親指で弾くベース音がメロディ、右手中指と薬指でリズムを刻む。

ベース音のメロディ。
1小節目の4拍目。
4弦4フレットを小指で押さえる。
この「4弦4フレット小指」の音を毎回外してしまうのです。
この音を弾き損ねると曲にならない。大事な音なのに。

左手の小指は、他の指よりもだいぶ鈍感で不器用らしい。
他の指は、弾きたい弦の弾きたいフレットをサッと押さえられるのに、
小指だけは4弦4フレットをうろうろとあてずっぽうに探し回る。

何度も繰り返し練習すれば弾けるようになるだろう・・・
最初はそう思っていた。

しかし。一日、また一日と発表会は近づいてくる。
このままでは間に合わない!
なんとかせねば!

左手小指の特訓が始まった。


まず、各弦の4フレットを小指で押さえて弾く練習を試みた。
1弦、3弦、5弦、6弦、4弦、2弦・・・
というふうに、弦を飛び越えて、小指で確実に弾く練習。

これがそこそこできるようになったところで、またエチュードを弾いてみる。

だめだ・・・やっぱり小指は押さえ損ねる。

いっそ、左手は全く見ないで、手の感覚だけで弾くようにしたらどうだろう?

目をつぶってエチュードを練習してみた。
毎日、毎日、繰り返し。

少しずつ命中率が上がってはきたが、まだまだ押さえ損ねることの方が多い。

さらに特訓が必要なようだ。

1小節目の3拍めまでは開放弦しか使っていないことを利用して、
曲の出だしでは左手を膝に置いておいて、
1小節目の4拍目に、サッと左手を持ち上げて4弦4フレットを押さえて弾く練習をやってみた。

来る日も、来る日も、左手を膝に置いて弾き始める練習。

右手と左手の動きは、わたしの意識しないところで連動していることに気がついた。
左手の小指が一瞬ためらうと、右手の親指は左手小指のためらいを待ってしまう。
これではいけない!
右手はあくまで音符どおりのタイミングで4弦を弾くこと。
左手の迷いを許さないことを心がけた。

この練習を、発表会の日の朝までやっていたのです。
小指の命中率は80パーセントという状態で発表会のステージへ・・・

シンプルエチュード1番には、「左手小指で4弦4フレット」が4回出てくる。
発表会では4回ともかろうじて押さえられた。

そこだけを見れば、特訓の成果ありと喜んでいいと思う。

けれど・・・

小指が押さえるべき場所を押さえるというのは当たり前のことで、
このエチュードで練習すべき課題はその先にある。

小指が4弦4フレットを押さえる確率が100パーセントに限りなく近くなることを目指しながら、
その先の課題~右手親指のベース音と中指薬指で刻むリズムを独立して意識する練習~に取り組もう。
それは、サンバの曲を弾くときの意識のし方と同じでもある。
サンバばかり練習する最中に、テキトーに選んだ発表会の曲が、サンバやボサノヴァのギターの弾き方と同じ要素を持つ曲だったというのは、なんとも不思議でありがたいご縁ではある。

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2007.07.09

涼しい夜は外でうたおう

目白駅改札横の広場のベンチで歌いました。


夜9時から10時の1時間。

最初に自然に手と口がうたいだしたのは

O Pato

それから

Wave
O Barquinho
A Felicidade
Garota De Ipanema
Para Falar A Verdade

と、ボサノヴァ風が続く。

Carinhoso
Lamento
Rosa

と、ピシンギーニャ三点セット。

Fly Me to the Moon
Insensatez

ちょっと大人な雰囲気になりたいときに歌ううた。

瞳はダイヤモンド。
満ち潮の夜。
第三病棟。

最近のライブを思い出しながら歌ってみた。

そして、最後は

Tristeza


たいして聞こえないだろうと思っていたギターが、思ったよりよく響いてくれて、なかなか歌いごこちがいい。


小さな駅。人ごみというほどの人はいない。

時折、「?}を顔に浮かべて、こちらのほうに歩み寄りながら通り過ぎるひとがいる。

車の往来が途絶える十数秒間。マイクを通しているかのように声が響く。

自分の部屋で歌う気ままさとは違う。ライブで歌う充実感とも違う。

たとえて言えば、にぎやかなファミレスで読書に没頭するような感覚だろうか。人の目と喧騒のおかげで、かえって自分の世界に集中できる。


天気と気分のよい日には、いや、気持ちが低迷するときでも天気さえよければ、ときどきこうして駅前で歌うのはいいかもしれない。夏から秋の音楽活動に、正式に加えてみようかしら。


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2007.05.01

海ゆかば

「子供の時に聞いた歌というのは、今でも耳に残っているものですね。」


お年寄りと世間話をしているうちにそんな話になった。

「たとえばどんな歌を思い出しますか?」と、わたしは何気なく聞いてみた。


「それがねえ。軍歌なのよ。あなたなんか知らないでしょう?」

「軍歌って・・・『同期の桜』とか?」

「そうそう。それにね。子供の軍歌っていうのもあったのよ」

「子供の軍歌?」

「あのころは子供のことを『小国民』って言ってね。『小国民の歌』っていうのを歌ったわよ」

「今でも覚えてますか?」

「覚えてますよ。こんな歌だった」


何十年ぶりかで歌うであろうその歌の歌詞を彼女はほとんどそらんじていた。

「それから、忘れられないのは『海ゆかば』ね。」

「海軍の歌ですよね。」

「この歌を聞くとぞっとするような恐ろしさを感じて、できれば聞きたくも思い出したくもないわね」

「それはなぜでしょう?」

「なぜだかはわからないけれど、大きなラジオからこの『海ゆかば』が聞こえてくると、恐ろしくなったのを覚えているわ・・・」


・・・・・

彼女が「小国民の歌」を歌ったり、「海ゆかば」を聞いたりしたのは、太平洋戦争の末期。彼女が5,6歳前後のことだったと思われる。

子供だった彼女が、数ある戦意高揚歌の中で、なぜ、「海ゆかば」にことさらに恐怖を感じたのだろうか。ちょっと気になったわたしは、家に帰って「海ゆかば」について調べてみた。そして、自分がこの歌に関して思い違いをしていたことに気がついた。。


「海ゆかば」は1938年、戦意高揚を目的に作曲され、NHKラジオから頻繁に流れ、戦時下の国民歌と言えるほどに広まった。

ラジオからの戦況報道によく使われた。特に玉砕報道の際に「海ゆかば」を流すことが度重なり、次第にこの歌は鎮魂歌として捉えられるようになった。

知り合いのお年寄りが、子供のころにこの歌を聞いて言い知れぬ恐怖を覚えたのは、おそらく、この歌が戦死者報道や玉砕報道の際に流れることが多かったからだろう。幼い彼女が歌詞を理解したとは思えない。けれど、ラジオからこの歌が流れるとき、恐ろしいことが起きているらしい、と周りの大人たちの反応を見て感じ取ったのではないだろうか。

現在、この曲がドラマやドキュメンタリー番組などで使われるときには、鎮魂歌として、静かな演奏が流れることが多い。が、戦時中のラジオから流れていたのは、フォルテシモで朗々と堂堂と終わる、という演奏スタイルだった。その大音量のエンディングも幼い彼女を不安にさせたのかもしれない。


・・・・・

「海ゆかば」は海軍で歌われた鎮魂の歌。海に沈んだ戦友の死を無駄にはすまい、と心に誓って戦いに赴く歌・・・というのが、わたしが抱いていた「海ゆかば」という歌のイメージだった。軍歌ではあるけれど、なかなかの名曲ではないか、とも思っていた。

だが、考えてみると、わたしはこの歌の歌詞をほとんど知らなかった。調べてみると、この歌は、万葉集に収められている大伴家持(おおとものやかもち)の歌にメロディをつけたものだった。

 海行かば 水漬く(みづく)屍(かばね)
 山行かば 草生す(くさむす)屍(かばね)
 大君の 辺(べ)にこそ 死なめ
 かえりみはせじ


天皇に近く仕えた大友氏一族が天皇への忠誠を誓った長歌の一部分。
戦意高揚にずばり当てはまる詩だったのだ。

作曲は東京音楽学校教授の信時潔(のぶとききよし)。西洋音楽に造詣の深い人物だった。

万葉集という古典に、当時一流の作曲家が曲をつける。荘厳で格調高い曲に仕上がった。

そして、繰り返しラジオから放送される。戦況の悪化とともに「玉砕報道」の音楽として、また、学徒出陣式の音楽として使われるようになる。荘厳な旋律にのせて、天皇のために死をいとわない、と歌い上げる。それは比ゆではなく、現実に「死をいとわない」ということを意味していた。そんな時代だった。


「海ゆかば」は戦友の死を無駄にはすまいと誓う歌、というわたしのイメージには大きな誤解があったのです。


「海ゆかば」は、鎮魂の歌ではない。天皇のためには死をいとわない、と決意を述べる歌、述べさせる歌だった。
そういう意図を持って作曲され、演奏され、放送された歌だった。
たとえどんなに荘厳で格調高い旋律であろうとも、他の多くの軍歌とその趣旨は変わらない。

・・・・・

「『海ゆかば』を聞くと恐ろしくてぞっとするのよ。聞きたくも思い出したくもないわね。この歌は」

子供のころを振り返ってこう語るお年寄りの言葉。幼い彼女が感じた恐怖は決して根拠のないものではなかった。彼女はこの曲の中に死を直感し、実感したのではなかっただろうか。


これから先、戦争について考えるとき、ラジオから流れる「海ゆかば」に恐怖を覚える幼い女の子の姿が、戦争の恐ろしさを非常に具体的に示してくれるイメージとして、わたしの中に繰り返し映し出されることになるだろう。

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2007.03.27

美しい姿になってみました

椅子に座る。

ギターを抱える。

足を組む。


クラシックの曲を弾くときは
左足を上にすると
ギターが少しだけ
からだの中心に近くなる。


ブロウウェルのシンプル・エチュード。
アルペジオの練習曲を、ゆっくりゆっくり弾いてみる。


ふと、左横の鏡を横目でちらりと見てみた。


ああ、やっぱり・・・前かがみ。
背中を丸めて、下を向いて弾いている。


何でもかんでも目を近づけなければよく見えない弱視のわたしは、ギターを弾くときも、指の形を確認しようとして、ついつい顔をギターに近づける。

アルペジオの練習曲。
何百回も練習したこの曲は、目をつぶっても弾くことはできる。


それならば・・・


美しい姿で弾いてみたらどうだろう?


正しい姿勢とは・・・

「あごを引いて頭を後ろにずらすようにする」と、東洋医学のメルマガに書いてあったっけ。


正しい姿勢とは

「肩甲骨をお尻のポケットにしまうような感じ」とピラティスの本に書いてあったっけ。


いろんな人のいろんな言葉を思い出しながら、体をまっすぐに、両肩の力を抜いて・・・

どうだろう・・・・?

横目で鏡をちらりとのぞく。


だいぶすっきりとした姿になった。

この姿勢では、顔がギターからだいぶ離れてしまう。指に目を近づけられないのはなんとも頼りない感じがするけれど、両手の指の動きと、指先の感覚、そして、両手で鳴らすギターの音に意識を集中して、ゆっくりゆっくり弾いてみる。

これでいいのかな。

鏡の「横姿」はだいぶ美しくなったけれど、この姿で弾き続けて、本当にいいのかな・・・・


美しい音は美しい姿に宿るのかしら・・・・・?

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2007.03.25

わたしの声はどんな声?

ある日の仕事中の出来事だった。

わたしは盲ろう者の通訳介助」という仕事をしている。「通訳」という仕事の性質上、ふだん、仕事中に発言することはめったにない。

ところが、この日のミーティングで突然、発言を求められた。


 「はい、では、私なりの考えを述べさせていただきますが・・・」


と話し始めて、びっくり仰天してしまった。


何にって・・・

自分の声に、である。

わたしの声って、こんなに低かったっけ????


普段、同僚や友人と話しているときの声よりも、ずっとずっと低い声。
おばさん声というわけではない(と思う)けれど、低くて、太くて、ちょっと怖そうな声。


自分の声にびっくり仰天して、発言が、しばし、しどろもどろになってしまった。


緊張すると声は上ずるものだ。
電話に出る時には声が高くなる。
話しにくい相手に話しにくい用件を切り出すときにも、声が高く細くなる。


歌っているときはどうだろう・・・ わたしの歌声は、どちらかといえば高めで細いのではないかしら?


あのミーティングの時の、低くて太くてちょっと怖い声は、いったいどこからどうやって出てきたのだろうか。

話し声には楽譜がない。その日の体調や感情の起伏で声は変化する。それはある程度意識していることだった。


でも、あのミーティングでの低くて太い声。
自分の声の範囲に、そんな低い声が含まれていることを意識したことがなかった。


家に帰った。
自分の部屋に行き、ドアを閉める。
誰にも聞かれない自分の部屋で、


 「では、わたしなりの考えを述べさせていただきます」と言ってみる。


電話に出るときのような高い声で。

職場の同僚に挨拶するぐらいの高さで。

ライブの時、歌の合間に話をするような感じで。

そして、そのミーティングで自分でびっくりしたぐらいの低い声で。

わからなくなった。


わたしの自然な話し声はどれなのだろう?


不意に発言を求められたときの、あの、低くて、太くて、怖そうな声が、本来のわたしの声なのだろうか・・・・

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