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2005.05.25

FELICIDADE~~しあわせは

この歌を最初に聞いたのはギターを弾き始めて間もなくのころ。日本在住のブラジル人女性歌手、ヴィウマさんのCDだった。まるで音楽の教科書に載っていそうな素朴な歌。サンバでもボサノバでもないその歌は、一度聞くと、いつまでもわたしの頭の中で流れていた。

サンバのセンセイにギターのコードを教わって、家に帰って弾きながら歌ってみた。ぎくしゃくとしたギターだけれど、歌っているとしみじみと気持ちよくなってくる。そしてある日。サンバのセンセイのライブの「生徒の飛び入りコーナー」で大胆にも弾き語りさせていただいたFELICIDADE。ただでさえ弾けないギター。その上、ギターを弾きながらマイクスタンドに固定されたマイクに向かって歌うというのは、そのころのわたしにとっては至難の技。ギターはつかえる。歌は間違う。ぼろぼろのFELICIDADE・・・ 「歌は歌! ギターはギター! もう、絶対二ついっしょにやろうなんて思わないもんね!」 とすっかり弾き語りに自信喪失したのだったっけ・・・・

ある日。点字出版所で点字の本を印刷するアルバイトをしていたとき。点字を打った金属製の原版の中に紙を挟んで印刷機に流し込むという作業をしながら、ふっと、FELICIDADEを日本語で歌えそうだ、と思いついた。Felicidade(しあわせ)とSaudade(懐かしい気持ち)を歌ったこの歌。日本人のわたしなら、何をfelicidadeと思い、何にsaudadeを感じるかしら・・・そう、夕焼け。夕焼けの空はまさにSaudadeじゃないかしら・・・ そして、点字の印刷機にシュッ、シュッと紙を流し込みながら、頭の中で詩をつくる。なんとなく出来上がると、忘れないうちに、その辺の紙に鉛筆でメモに書いておいた・・・ 印刷機のガガガガーー、シュッ、シュッ、という騒音の中で生まれたのがFELICIDADEの日本語だったのです。初めてブラジルの歌に日本語の詩をつけたのでした。

また、ある日。ヴィウマさんのライブに遊びに行って、またまたずうずうしくも飛び入りさせていただいて、ヴィウマさんはポルトガル語で、わたしは日本語でいっしょに歌ったFELICIDADE。ヴィウマさんに何度も"Bom! Bom!"と言っていただいてとても嬉恥ずかし・・・だったっけ。

また、ある日。ジョゼ・ピニェイロのコンサートで、この歌の歌詞カードがみんなに配られた。「さあ、歌いましょう!」 あこがれのジョゼ・ピニェイロといっしょに歌ったFELICIDADE。空を飛んでいるようにのびのびと気持ちよかった。

去年の夏。サンパウロの大きなホールのコンサートで。千人以上ものりっぱな身なりの大人のお客さんたちが、ステージの歌手と大合唱したFELICIDADE。大好きなこの歌をブラジル人の大合唱の中で歌えるなんて夢のようだった。ああ、この歌は、ブラジルではみんなが知っている歌なのね。日本ではめったに聞かないけれど・・・・

そして、またある日。コルコバードのサンバセッション。その日のセッションは参加者がとても少なくて、客席のテーブルをバンドのメンバーと数人のお客で囲んで、RODA DE SAMBA (ホーダ・ジ・サンバ)になっていた。ギターを次々受け渡して、好きな歌を順番に歌う。わたしのところにギターが回ってきたとき、なぜか歌ったFELICIDADE。ああ、不思議。何年か前、このコルコバードのサンバのセンセイのライブで歌ったときは散々の弾き語りのFELICIDADEだったのに、今夜は軽々と、のびのびと弾き語りしているわ、わたしったら・・・・ 

その思い出のコルコバードがしばらく休業することになった。休業前の最後のサンバセッションで、「もしCDを作るんなら、絶対に入れて欲しいなあ、ももちゃんのFELICIDADE!」とリクエストをもらったときは、本当に嬉しかった・・・・

FELICIDADE~~しあわせは・・・ 課題山積のわたしの歌とギター。行く手が果てしなく思えてくじけそうになったときに、この歌を歌ってみよう。マイクに向かって歌えなかったわたしを思い出しながら。サンパウロでの大合唱を思い出しながら。そして、「いい歌だね」と言ってくれたたくさんの人々の優しさを思い出しながら。


  しあわせは
  遠いあの日の砂遊び
  小さな手で描いた夢
  体、弾ませ笑ってた、わたし

  見上げれば夕焼け雲
  追いかけて行きたい
  無邪気だった
  素直だった
  あの日のわたしに会いたい

  しあわせは
  遠いあの日の砂遊び
  小さな手で描いた夢
  体、弾ませ笑ってた、わたし

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2005.05.22

時には暗闇の中で

あ、懐かしい! キャロル・キング!
何ヶ月か前のある日、池袋のタワーレコードで偶然みつけたキャロル・キングのCD。10代で聞いた彼女の歌。たぶん、彼女の歌はこの一曲しか知らない。キャロル・キングの"JAZZMAN"が遠い記憶のかなたから聞こえてくる。

Lift me, won't you lift me above the old routine.
Make it nice, play it clean, jazzman.

なんだかよくわかんないけど、かっこいいーー!
背筋がゾクゾクするような快感を感じながら聞いたキャロル・キングの"JAZZMAN".

高校生だったわたし。歌といえば音楽の教科書と山口百恵のヒット曲。キャロル・キングなんて名前すら知らなかった。英語のお勉強のために毎晩のように聞いていた文化放送の「百万人の英語」のテキストに載っていた歌詞を見て、なんだかかっこいい英語だなあ、と思った。そして、番組でキャロル・キングの歌を聴いて、「か、か、かっこいーーー!」と夜中にひとりでゾクゾクしてしまったのだった。

コンサートやライブハウスなどとは無縁の青春時代。友達も少なかった。10代、20代のわたしは何が楽しいと感じていたのだろうか。そうだ・・・わたしはひとりになりたかったのだった・・・・キャロル・キングのJAZZMANとともによみがえる記憶。それは、逃げ込むようにして通ったジャズ喫茶。なぜ、その店を知ったのかは覚えていない。池袋の西口のゴチャゴチャした飲食店街の小さなビルの2階にあったそのジャズ喫茶にひとりで通っていた。ジャズのことなど何もしらなかった。興味もなかった。ただ、始まりも終わりもはっきりしない渦のような音楽の中に不思議な居心地のよさを感じていた。わたしは、一人になりたかった。かわいい女の子達を遠目に見ながら一人ぼっち感を感じるよりも、暗いジャズ喫茶で、苦い珈琲をすすりながら、掴まえどころのない音楽にひとりで浸っている自分でいたかった。ああ、ここにいるときは、わたしは一人で、わたしは自由。大きなスピーカーの向こう、レコード盤の中のJAZZMANに、すがるような思いを寄せていた・・・

Lift me, won't you lift me above the old routine.
Make it nice, play it clean, jazzman.

それから長い長い道のりを経てサンバに出会い、ライブハウスというところに足しげく通うようになる。そして、身も心もふんわりと宙に浮かぶような幸福を感じる。音楽、いい音楽を聴くと幸せになれるのね。ひとは、幸せになりたくて、一時でも幸せになりたくて、生の音楽を聴きにやってくるのね・・・・日常の大きな悩み、小さな苛立ちから解放されて、ふんわりと宙に浮くために、「今夜もおお願い。いい音楽を聞かせてね」という声にならない声をステージに送る人々。陽気になるために集う人々のなかにわたしはいた。目の前にいるのはJAZZMANではなくてサンビスタだったけれど。やはり、この言葉を投げかけていたのではないだろうか。

Lift me, won't you lift me above the old routine.
Make it nice, play it clean, jazzman.

またしばらくの時を経て、今度は自分の内側からこの叫びを聞いたような気がする。ギターを抱えてあちこちで歌うようになったわたし。いったいなぜ歌っているの? それは、幸せになりたいから。歌っているときのわたしは、いちばん自由で幸せだから。さあ、歌い始めようとするその瞬間に、わたしの中のもう一人のわたしが、声にならない声を送る・・・

Lift me, won't you lift me above the old routine.
Make it nice, play it clean, jazzman.

そして今夜。久々に取り出したキャロル・キングのCDを聞いてみる。懐かしい歌、JAZZMANの向こうから、20代のわたしの孤独が聞こえてくる。そうだった。ジャズ喫茶の暗闇と煙草の煙の中で、わたしは楽しくなるために音楽を聴いていたのではなかった。自分ではうまく語りつくせない苛立ちや不安や孤独感。そんな鬱々としたわたしを、ジャズという名前の混沌とした音楽がゆさぶり、圧倒していた。とことん暗くなりたくて、暗闇で聞いた音楽・・・20歳前後のわたしは、時としてそういうふうに音楽を聴いていたのだった・・・・すっかり忘れていたけれど。

Lift me, won't you lift me above the old routine.
Make it nice, play it clean, jazzman.

そして、またある日。わたしは、ミュージシャンの心の底から、声にならない叫びを聞いたような気がする。ミュージシャンの体の奥で渦巻く幸福と苦悩。あるときは、彼の発する音は彼に至福の時をもたらし、またあるときは、ステージの上で絶望的な孤独を思い知る。偉大な才能に恵まれれば恵まれるほど、その苦悩も凡人にははかり知れないほど大きいのかもしれない。

そして、時には彼の、彼女の苦悩の叫びに人々はひきつけられる。そういう音楽があるということを、20歳のころのわたしは知っていたのかもしれない。ジャズ喫茶の暗闇の中で、今とはまったく違う耳で音楽を聴くわたしがいたのかもしれない。

今夜は、暗い暗い渦に身を投じるようにして聞いてみよう。誰しも逃れることのできない孤独を音楽に感じてみよう。そして、音楽の中にかすかな夜明けの光を見出してみよう。

Lift me, won't you lift me above the old routine.
Make it nice, play it clean, jazzman.

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2005.05.10

2002年5月のわたし

覚えたい歌が入っているMDを探して箱の中をごそごそとかき回していたわたしの目に、一枚のMDのラベルの手書きの文字が突然、飛び込んできた。

2002年5月10日 BOBTAIL 2

それは、初めてひとりでライブをした日。最初から最後まで、ももこひとりの初めてのライブ。

あちこちで歌うことが、とても自然な、わたしの生活の大事な一部分という感じがするきょうこのごろ。歌い始めたころ、それも、まるっきりひとりで歌い始めたころの自分をすっかり忘れていた。

恐る恐るMDをかけてみた。
録音されているのは、休憩後の2回目の演奏。
ライブをさせていただいたBOBTAILというお店のすぐ近くで仕事をしている、という話を長々としゃべっている。そう。あのころも今も変わらない。わたしは、よくしゃべる。

そして、長い長い話の後に歌っているのは、自分で作った「誕生日のソネット」。

あらあら。なんとも聞くに堪えない歌とギター。ギターはビヨーン、ビヨーンとだらしなく響き、声はこもって、聞き苦しいことこの上ない。そして、緊張のあまりひざがガクガク震えているため、時々声まで震えている。

2002年のももこさんの歌を聞きながら、初ライブ前の張り詰めた数日間を思い出す。ゴールデンウィークの間、区民センターのスタジオに毎日ひとりで通っては、ライブで歌う歌を、歌う順番どおりに歌って、録音していたんだった。そして、ファミリーレストランでお昼を食べながらMDを聞いては、反省していたのだった。

下手なのはしょうがないと思っていた。上手になってから歌おうとは思わなかった。だって、今、今年の5月に初めてのライブをしたい!と思ってしまったのだから。決めてしまったのだから。心配だった声のかすれも、録音を聞くと、自分で思うほどにはかすれて聞こえないことを確認した。ASA BRANCAの歌詞の朗読も何度も何度も練習した。

そして迎えた5月10日。友人、知人が初めてのライブに駆けつけてくれた。震える声と震えるひざで歌い始めた一曲めは確か、フォスターの「夢路より」だったはず。歌い終わって

「いいですよねえ。恋人が窓の下に来て、「夢路より帰りj来よ」なんて、歌い上げてくれたら、もう、何もかも放り出して家から飛び出していっちゃいますよねえ」

なんて話をしたのを覚えている。(残念ながら休憩前の録音はみつからないのだけれど)。

震えるひざと、どんどんかすれていく声。でも、好きな歌を次々歌う喜びではちきれそうになっている。そして、今、聞き返してみると、曲の合間のおしゃべりが今のわたしよりもだいぶ落ち着いて、かなりいい話をしている。

そうだった。歌とお話。この両方に同じぐらいの力を注いで準備をしたのだった。歌とおしゃべり。この二つでわたしを表現したい。そう思って一生懸命考えて、練習したのだった。

2002年5月のわたしは、初めてのライブを目指して練習して、練習して。そしてライブ当日、出せる力以上のものを出し切って、最後の歌をうたいおわった瞬間に得も言われぬ充実感に満たされたのだった。

どこに行っても、いつものわたしのままで、自然な気持ちで歌いたい、と思う。ふだんの歌はそれでいい。ありのままのわたし、歌っていると楽しいわたしでありたいと思う。

でも、その一方で、2002年のわたしが目指したように、歌とその合間の話をひとつのストーリーに構成して、最初から最後まで演じきるようなライブをしてみたい、とも思う。

2002年5月の自分を聞きながら考えた。今のわたしなら、どんな物語のライブを創るだろうか。どんな歌を選んで、どんな話を語って、一晩のライブをどんなストーリーにまとめるだろうか。

「つれづれ歌がたり」と名づけた、ももこひとりのライブ。3回目をやってみたいような気がしてくる。また、何年か後の自分へのメッセージを残すために。

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2005.05.09

親指のタこが痛いのです

数日前、久しぶりに会った友人が「足のイボが悪化して、皮膚科にかかっているんだ」という話をしてくれた。

「イボ?」
「そう。イボ。」
「イボって、タコとは違うの?」
「違う! イボはどんどん大きくなるし、数も増える」
「え? なんで?」
「イボは、ウィルスが原因だから」

無知なわたしは、イボもタコも同じようなものだと思っていたのだが、どうやらこの二つは根本的に違うらしい。

広辞苑を調べてみた。

イボ(疣):皮膚上に突起した角質の小さな塊。表皮が限局的に増殖し、角質層の肥厚をともなって円形または乳頭状の扁平小隆起をなすもの。原因の多くはウィルスで伝染するものもある。

タコ(胼胝):刺激の反復、局部的圧迫を受けてできる表皮の堅く厚くなったもの。手のひらや足の裏に多くできる。

なるほど。

そういえば、わたしの左手の親指には立派なタコがある。ペンダコならぬ「ギターダコ」。

「ギターダコ? なんでそんなところにタコができるの?」
ギターを弾く人に相談すると、みんながみんな不思議がる。どうやら、ギターダコというのは、わたし特有の症状らしい。

このギターダコ。もう、何年も前から悩みのタネになっている。タコが生まれた直接の原因は、たぶん、人差し指でセーハして抑えるときに、思い切り左手に力を込めてギターを握り締めるからだと思われる。きれいに音が出ないと気持ち悪くて、ついつい力が入ってしまう。そして、親指がギターに当たる部分に「刺激の反復、局部的圧迫を受けて」、ギターダコが形成されてしまったのだろう。

ギターを弾き始めて何ヶ月か経ったころ、左手がしびれて、痛くて、2,3曲弾きつづけるのがやっと、という時期があった。ちょうど、次々出てくるコードの押さえ方に頭が大混乱してしまったこともあり、「左手も痛いし、何十個もあるコードは覚えられないし、わたしにはきっとギターは向いてないのよね!」と、何ヶ月か、ギターをケースにしまいっぱなしにしていた時期があった。

でも、やっぱり歌いたくなって、歌うためにはギターを弾かねばならず、またケースから取り出して弾いてみたのだった。幸い、左手が痺れることはもうなかったけれど、その代わり、気がついたら親指にりっぱなギターダコができていた。

しばらくは、我が親指のギターダコと仲良くつきあってきたのだけれど、最近になって、このタコがじゃまで邪魔でしかたなくなってきた。それに、ギターを弾くと少々痛くもある。

困ったなあ・・・ギターダコ、削っちゃおうかなあ・・・削るのも痛そうだなあ・・・軽石でこすってみようかなあ・・・でも、そもそも、左手の抑え方が変わらなければ、またすぐタコは再生するんだろうなあ・・・・
と思い悩む日々も、ギターを弾かない日はなかった。いつものように力を入れて弾くとタコがあたって痛いので、なんとかタこがギターに当たらないように力を加減したり、親指を曲げたり、タこのご機嫌をうかがいながら弾いてみる。タコがギターに当たらないように、と気を使うと、左手が不自由で弾きにくいこと、この上ないのだけれど、でも、少しだけ左手の力が抜けてきたような気がしないでもない。

そうそう。ギター教室の先生も、「ギターの弦は力で抑えるものではありません」と言っていたっけなあ・・。頭ではわかっていても、力を抜くというのは、意識するとよけいに力が入ってしまったりでなかなか難しい。

今のわたしは、「タこがギターに当たらないように」気をつけるという、なんとも現実的な、そして、他の誰も気をつける必要のないようなことを意識しながらギターを弾いているのです。

気をつけて弾いていたら、そのうち、このギターダコ、なくなってくれないかなあ・・・と願いつつ。

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2005.05.02

風邪の効用??

しつこい風邪と仕上げにはインフルエンザまで抱え込み、咳と痰が止まらずに歌いにくい日が延々と続いた今年の冬。ようやく風邪ともサヨナラして、気持ちよく歌える春がやってきた~~と思ったのもつかの間。またまた、風邪を引いてしまいったのです。どうして、どうして? 栄養は十分足りてるし、お布団はちゃんとかけて寝てるし、うがいも手洗いもちゃんとしているし、喉ガ冷えないようにスカーフもしてるし、なーんで、なんで、こんなにしょっちゅう風邪をひいちゃうんだろう??

また、痰が喉に絡んで歌いづらい日が始まる。まるでゴミが詰まったリコーダー(なんてものがあるかどうか知らないが)を吹いているように、声といっしょに雑音が出てくるような不快感を感じながら歌う。そんな情けない日が数日間続いた。

冬の間、風邪に悩むわたしに、友達が一冊の文庫本をプレゼントしてくれた。

「風邪の効用」 野口晴哉著  ちくま文庫

野口整体の創始者である筆者が、体にとって風邪とは何か、をこんこんと説いている。整体の知識のないわたしにはわかりづらいところが多かったが、風邪の効用というタイトルの意味するところは、「人は体のどこかに無理や偏りがあるときに風邪を引く。風邪は、その無理や偏りを是正する効能がある」ということらしい。

うーん・・・ほんとかな? 半信半疑で読んでいた。

そういえば、この冬の長い長い風邪からようやく抜け出したとき、風邪をひく前よりも喉が楽になって、力を入れなくても声が出るようになったことに気がついた。特に高い音を歌うときが、今まで経験したことがないぐらい楽だった。力まなくても自然に歌えるという感じがして、歌うことがとても楽しい春だった。

そして、今回の「春の風邪」。数日間、うっとうしい咳と痰とつきあって風邪が去ってみると、また今回も風邪をひく前よりも歌いやすくなったような気がする。本当に歌いやすくなったのか、単に風邪が治って普通に歌えるようになっただけなのか、はわからないけれど、歌うのが楽になったなあ、前よりもだいぶ楽しく歌えるようになったなあ、と歌っている本人が感じられるのだから、これはやっぱり「風邪の効用」と言えるのだろうか?


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