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2005.05.10

2002年5月のわたし

覚えたい歌が入っているMDを探して箱の中をごそごそとかき回していたわたしの目に、一枚のMDのラベルの手書きの文字が突然、飛び込んできた。

2002年5月10日 BOBTAIL 2

それは、初めてひとりでライブをした日。最初から最後まで、ももこひとりの初めてのライブ。

あちこちで歌うことが、とても自然な、わたしの生活の大事な一部分という感じがするきょうこのごろ。歌い始めたころ、それも、まるっきりひとりで歌い始めたころの自分をすっかり忘れていた。

恐る恐るMDをかけてみた。
録音されているのは、休憩後の2回目の演奏。
ライブをさせていただいたBOBTAILというお店のすぐ近くで仕事をしている、という話を長々としゃべっている。そう。あのころも今も変わらない。わたしは、よくしゃべる。

そして、長い長い話の後に歌っているのは、自分で作った「誕生日のソネット」。

あらあら。なんとも聞くに堪えない歌とギター。ギターはビヨーン、ビヨーンとだらしなく響き、声はこもって、聞き苦しいことこの上ない。そして、緊張のあまりひざがガクガク震えているため、時々声まで震えている。

2002年のももこさんの歌を聞きながら、初ライブ前の張り詰めた数日間を思い出す。ゴールデンウィークの間、区民センターのスタジオに毎日ひとりで通っては、ライブで歌う歌を、歌う順番どおりに歌って、録音していたんだった。そして、ファミリーレストランでお昼を食べながらMDを聞いては、反省していたのだった。

下手なのはしょうがないと思っていた。上手になってから歌おうとは思わなかった。だって、今、今年の5月に初めてのライブをしたい!と思ってしまったのだから。決めてしまったのだから。心配だった声のかすれも、録音を聞くと、自分で思うほどにはかすれて聞こえないことを確認した。ASA BRANCAの歌詞の朗読も何度も何度も練習した。

そして迎えた5月10日。友人、知人が初めてのライブに駆けつけてくれた。震える声と震えるひざで歌い始めた一曲めは確か、フォスターの「夢路より」だったはず。歌い終わって

「いいですよねえ。恋人が窓の下に来て、「夢路より帰りj来よ」なんて、歌い上げてくれたら、もう、何もかも放り出して家から飛び出していっちゃいますよねえ」

なんて話をしたのを覚えている。(残念ながら休憩前の録音はみつからないのだけれど)。

震えるひざと、どんどんかすれていく声。でも、好きな歌を次々歌う喜びではちきれそうになっている。そして、今、聞き返してみると、曲の合間のおしゃべりが今のわたしよりもだいぶ落ち着いて、かなりいい話をしている。

そうだった。歌とお話。この両方に同じぐらいの力を注いで準備をしたのだった。歌とおしゃべり。この二つでわたしを表現したい。そう思って一生懸命考えて、練習したのだった。

2002年5月のわたしは、初めてのライブを目指して練習して、練習して。そしてライブ当日、出せる力以上のものを出し切って、最後の歌をうたいおわった瞬間に得も言われぬ充実感に満たされたのだった。

どこに行っても、いつものわたしのままで、自然な気持ちで歌いたい、と思う。ふだんの歌はそれでいい。ありのままのわたし、歌っていると楽しいわたしでありたいと思う。

でも、その一方で、2002年のわたしが目指したように、歌とその合間の話をひとつのストーリーに構成して、最初から最後まで演じきるようなライブをしてみたい、とも思う。

2002年5月の自分を聞きながら考えた。今のわたしなら、どんな物語のライブを創るだろうか。どんな歌を選んで、どんな話を語って、一晩のライブをどんなストーリーにまとめるだろうか。

「つれづれ歌がたり」と名づけた、ももこひとりのライブ。3回目をやってみたいような気がしてくる。また、何年か後の自分へのメッセージを残すために。

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