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2005.10.11

楽しさは一流をめざしたい

「君は一流のソリストを目指すのかね? それともオーケストラでバイオリンを弾きたいのか? それとも、楽しみとしてバイオリンを弾きたいの?」入門の面接で先生にこう問い詰められた11歳のレイコはこう答える。「オーケストラで弾きます」

森瑤子の「傷」という小説を読みました。ヴァイオリンに翻弄され、傷つけられるレイコの物語。彼女は11歳にして自分の能力の限界を悟っていた。自分は二流以下を目指すのだ、と11歳にしてわきまえていた。

プロフィールによれば、森瑤子自身が芸大でヴァイオリンを専攻したそうなので、レイコの、音楽に対する一種冷めた感覚は、著者自身が経験したものかもしれません。

芸術を目指す、芸術を究めるって生半可のことじゃないのねえ・・・いったいどれだけの人が、音楽修行の途上で「自分は二流以下を目指すのだ」と悟ることだろう。しかも、「二流以下」への道も決して平坦ではない。

こんな場面があった。音大を卒業後、女性弦楽奏団に籍を置くことになったレイコは、毎日のヴァイオリンのトレーニングを欠かさない。「君のヴァイオリンの音がどれだけ僕を苛立たせるかわからないのか?」と同棲する恋人は怒りをぶつける。レイコは答える。「わたしからスケールや重音の練習を取り上げたら、どうやってヴァイオリンで稼げっていうのよ!」

二流以下であり続けることも決して生易しいことではない。

世の中にはおびただしい数の音楽家がいる。どの人も、ある時期、寝食を忘れて練習に練習を重ねて、あるレベルの演奏技術をものにするようになる。そして、その多くの人たちが自分は「二流以下」の音楽家なのだ、と悟っている。その中で、音楽を愛するひと、情熱を持ち続けるひとは、「二流以下」であることを自覚した上で、自らのベストを目指しているのではないだろうか。

ベストを目指す。常にベストを目指している。そんな音楽家の演奏は、たとえ超一流の音楽家ではなかったとしても、時として人を感動させるのではないかしら。手を傷めて「二流以下」さえ目指せなくなってしまったレイコは、そこに気づく余裕がないまま、運命に翻弄されてしまう。

わたしは、ベストを目指そうと改めて思った。あきらめずに、開き直らずに、わたしらしさを失わずに、「わたしのベスト」を目指そう。

その後のレイコはどうなったのだろうか。ヴァイオリンの呪詛から解き放たれて、羽ばたく世界を見つけただろうか。音楽を楽しむゆとりを手に入れただろうか。

今夜は、傷だらけのレイコに語りかけたい気分です。「わたしには、今のあなたが持ち合わせていない能力が一つだけある。それはね。楽しいってこと。楽しいってことについてだけは、わたしは一流をめざすのよ」


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