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2006.04.29

「第三病棟」が歌えない・・・

瑞江のライブレストラン、HOTコロッケのイベント、「さだナイト」。
さだまさしの歌ばかりをみんなで披露するこのイベントは毎回大盛況。

わたしは、特にさだまさしファンというわけではないのだけれど、さだまさしの歌にはいい歌がある。さだナイト参加をきっかけに少しずつ覚えているのです。

先月のさだナイト用に覚えたのは「第三病棟」という歌だった。
のどかな、かわいい三拍子の歌。
ギターを弾いて歌っていると、とても幸せになる歌で、このところのお気に入りの歌になっている。

お天気がよかった昨日の昼間。
公園で「青空練習」をしていたわたしは「第三病棟」を歌い始めた。

 ♪僕の病室 君のそろえた
 ♪青い水差しと白いカーテン
 ♪子供の声に目覚めれば日ざし
 ♪坊やが窓越しに笑顔で「おはよう!」

そこへ、5,6歳ぐらいの男の子を連れたお母さんがやってきたのです。
そして、その親子は、わたしのすぐそばに座って、おやつを食べ始めました。

男の子は、ギターを弾いて大きな声で歌うももこおばさんの前に来て、珍しそうに見物したりします。

ということは、お母さんも、聞くとはなしにももこの歌う「第三病棟」を聞いているかもしれない・・・・

困ったなあ・・・

この歌の最後はこうなるのです。

 ♪返事を書いた飛行機を折って
 ♪飛ばそうと見たら 空っぽの部屋・・・

空っぽの部屋。
そう。悲しい結末の歌なのです。
同じ年頃の男の子のお母さんが聞いているかもしれないという場面では、歌いづらい歌です。

なんとなくハミングして、
なんとなくギターだけ弾き続けて
途中でやめてしまいました。
「第三病棟」

さて。

昨日の夜は、自然食レストラン、ライフリーで歌う夜でした。
昼間、公園で歌いそびれた(?)最近お気に入りの「第三病棟」。今夜こそ歌おう。

と思ったら・・・

小学校1年生ぐらいの男の子を連れた家族連れのお客様がいらっしゃる・・・

お母さんやおばあちゃんとレストランでお食事。
元気にはしゃいでいる男の子。

あらら・・・・
こりゃ、歌えないねえ・・・・
またまた、「第三病棟」を引っ込めてしまったMomokoでありました。

でも、この歌は、悲しい結末なのに、暗い感じがしないのです。
歌っていていると幸せ感に満たされる歌です。

なぜだろう?

さだまさしの歌にはドラマがある。
ドラマを描くのに使われる日本語が美しく、効果的に言葉を使っている。
歌詞には直接書いてない感情がありありと感じられる。

「第三病棟」の男の子は、確かに幼くして辛く苦しい闘病生活を送っているのだけれど、この子はみんなに可愛がられ、みんなに大事にされている。
周囲の愛情を一身に受けている。
そんな男の子と、男の子を見守る家族やお医者さんや看護婦さんなどの姿が目に浮かぶ。

悲しい結末を、ひとつのお話として淡々と描く語り口。
のどかな三拍子のリズム。

歌っているときの幸せ感の秘密はこのあたりにあるのではないかしら?


とはいえ、小さな男の子のお父さん、お母さんの前ではやっぱり歌いづらい歌ではあります。

最近、お気に入りの「第三病棟」。
次にライブで歌える日はいつのことでしょうねえ・・・・・

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2006.04.26

アラカルト

月に一度、ファミリーレストランに歌いに行きます。

すかいらーく多摩センター駅前店。
郊外の私鉄の駅前の広くて明るいファミリーレストラン。
ピアノが置いてあり、週に何度か生演奏のライブがあるファミレスです。

ウィークデイの午後のひと時。
お食事の後、お茶を飲みながらお喋りに熱中するテーブル。買い物やお稽古ごとの合間にお仲間とお茶をしに立ち寄るグループ。あちこちのテーブルから楽しげな会話が聞こえてくる。

そんな昼下がりのファミレスで、明るい日差しに似合う曲をあれこれ選んでは歌う数十分間。
自分の歌とギターがレストランの空気に馴染む感じが心地よい。

ところで。

このレストランの入り口の小さな黒板には、「本日のライブ」の出演者が書いてある。

先日、歌いに行ったとき、何気なくこの黒板に目を向けると、


 本日のライブ
 Momoko(Jazz)

と書いてあるじゃないですか!

え? ジャズ?
わたしはきょうからジャズシンガーになったのかしら?

ライブハウスではないので、音楽目当てで店に入ってくるというお客様はめったにいないだろう。

でも、ひょっとしたら、「ほお、きょうはジャズが聞けるのか。懐かしいねえ。サラ・ボーンやエラ・フィッツジェラルド。ちょっと聞いていこうかねえ」なんていうおじ様がいらっしゃらないとも限らないじゃあないですか。

困ったなあ。
かろうじてジャズの曲といえなくもない歌は一つしかうたえない・・・・

結局、黒板の「Momoko(JAZZ)は見なかったことにして、いつもどおり好きな歌をMomoko風に歌うのでした。

そして、歌いながら考えました。

入り口の黒板には何て書いてもらったらいいんだろう?
先月までは「ボサノヴァ」と書いてあった。でも、実はこの「ボサノヴァ」という肩書きも居心地の悪いものだった。

ブラジルの歌は歌うけれど、スタンダードなボサノヴァはほんの数曲。あとはサンバだったり、ポピュラーソングだったり・・・・

それに、歌うのはブラジルの歌だけじゃない。日本の童謡や唱歌や歌謡曲、フォークソング。それに自分で作った歌もうたう。

「小野リサみたいな心地よいボサノヴァを聞きながらお茶を飲もう」とお店に入ってみたら、聞こえてくるのは「てんとう虫のサンバ」や「百万本のバラ」・・・静かなボサノヴァの午後への期待を裏切るようで申し訳ない。

思い切って店長さんに相談してみた。

「黒板に書いていただくジャンルは何がいいでしょうえねえ?」

店長さんのお答えはこうでした。

「ノンジャンルとか、アラカルトっていう書き方をする人もいらっしゃいますよ」

アラカルト。
アラカルトっていいなあ! 美味しそう!

えーと。アラカルトって、そもそもはどういう意味だっけ?

辞書によれば・・・

 《献立表によって、の意》食堂などで、
 客が自由に選んで注文できる一品料理。

「スープ」「サラダ」「パスタ」「肉料理」「デザート」・・・というメニューの中から好きなものを選ぶのがアラカルト。
Momokoライブも、「ボサノヴァ」「サンバ」「童謡」「歌謡曲」「オリジナル」なーんていうメニューから好きなものを選んで・・・・

あれ?

選ぶのはお客様じゃなくて、歌っている自分だってところが違うけど。

うーん。正確にいえば、アラカルトじゃなくて、「お任せコース」になるけどね。

でも。

アラカルト。

美味しそうだし、かわいい響きの言葉だし、けっこう気に入ってしまいました。

次回のファミレスライブは5月17日(水)の午後2時から

入り口の黒板には

 Momoko(アラカルト)

と書いてあるはずです。

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2006.04.10

カチューシャ 3

第二次大戦の最中、ナチスドイツのソ連侵攻という事態の最中にロシアの人々の間で歌われた「カチューシャ」。戦後の日本でその「カチューシャ」が、夢多き青春の歌という装いで紹介されたのは、なぜでしょうか?

「カチューシャ」が日本語で初めて歌われたのは1948年。この年、共産党系の音楽集団である「中央合唱団」が設立され、その指導者であった関 鑑子が日本語の歌詞をつけました。

中央合唱団は次々とロシア民謡や労働歌、反戦歌を発表し、それらの歌は、各地の労働運動や平和運動の場で歌われていきます。

関 鑑子は、「カチューシャ」が戦中、戦後のロシアでどのような状況で歌われた歌だったかを知らなかったのでしょうか? 

彼女は知っていたはずだ、とわたしは思います。共産主義運動に深くかかわっていた声楽家、音楽家の関 鑑子。たとえ彼女自身がこの歌の背景を知らなかったとしても、彼女の周囲には「カチューシャ」の意味を知っている人がいたはずです。原詩のロシア語を読みこなせる人間もいたはずです。

ではなぜ、関 鑑子は「カチューシャ」に青春歌の詩をつけたのか。

ここから先はわたしの大胆な(?)推理ですけどね。

バリバリの共産主義活動家だった関 鑑子だけれど、中央合唱団のレパートリーの中に、ほっとできる楽しい歌を入れたかったのではないかな。

1948年、中央合唱団設立時のレパートリーには、 「団結、がんばろう!」的な、社会運動を鼓舞する歌が並んでいます。その中に1曲ぐらい、青春歌を入れたいと思ったのではないでしょうか。

終戦直後のヒット曲といえば「りんごの歌」が有名ですね。

 ♪赤いりんごに くちびる寄せて
 ♪黙って見ている 青い空

「カチューシャ」のメロディと、「りんごのと梨の花が咲いた」というロシア語の歌いだしの歌詞を見たとき、関 鑑子の頭には「りんごの歌」が流れたに違いない。そして、「りんごの歌」の大ヒットにあやかって、「カチューシャ」を歌声運動の愛唱歌として広めようという意識が働いたのじゃあないかしら・・・というのがわたしの推理です。


その後、「カチューシャ」は1955年から各地に次々オープンした歌声喫茶で愛唱されます。アコーディオンなどの簡単な伴奏で、歌集を手に手に、日本や世界の民謡や童謡、唱歌、歌曲をみんなで歌う「歌声喫茶」は都会で生きる若者達の出会いの場であり、心の支えでもあったでしょう。


さて。

Momokoライブでのリクエストに話を戻しましょう。

「カチューシャ」をリクエストされたおじさまは、青春時代に歌声喫茶に通われていたのでしょう。歌声喫茶を懐かしむ人は少なくなく、各地で歌声喫茶の歌集を持ち寄って歌う会、という催しが開かれています。

関 鑑子がつけた「カチューシャ」の日本語の歌詞は、確かに、オリジナルの歌詞からも、ロシアの時代背景からもかけ離れたものです。

でも、戦後の日本の庶民に歌い継がれてきた日本版「カチューシャ」は、日本人の愛唱歌、心の歌と言えるでしょう。そして、混乱の戦後から高度経済成長を生き抜いてきた世代には、青春の懐メロの一つなのですね。

4月のライブでリクエストされた「カチューシャ」。5月のカフェ・ド・ノーブルライブで歌います。「2ヶ月待ちが当たり前」のMomokoへのリクエストですから、異例の速さ(?)でおこたえいしちゃいます。

歌集を手に手に、肩寄せあって次々と歌っていた歌声喫茶の情景を思い起こしながら歌いましょう。

 りんごの花ほころび
 川面に霞たち・・・・・

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2006.04.06

カチューシャ 2

カチューシャというのはロシア語の女性の名前、エカチェリーナの愛称です。日本では、トルストイの名作「復活」のヒロインの名前として有名。

大正時代に日本で大流行した「カチューシャの歌」という歌があります。
これは、トルストイの「復活」を芸術座という新劇の劇団が上演したとき、劇中でカチューシャ役の松井須磨子が歌った歌でした。

 ♪カチューシャかわいや 別れの辛さ~

そのときに女優、松井須磨子が頭につけていたヘヤバンドも大流行したのですね。

それが、カチューシャ。

でも、ロシア民謡の「カチューシャ」のカチューシャは、トルストイの「復活」のヒロインでもヘヤバンドでもありません。

そうそう。今、「ロシア民謡の」と書きましたが、この歌は民謡ではありません。1942年、ブランテルという名のロシア人が作曲した、当時の流行歌、歌謡曲です。

1942年。第二次世界大戦のさなか。前年に始まったドイツ軍のソ連侵攻に立ち向かったソ連軍が用いた兵器。

それが「カチューシャ」です。

カチューシャとは、多連装ロケットランチャー(ロケット弾発射装置)のこと。軍用車に搭載した兵器。ドイツ軍を苦しめたというこの兵器は、ドイツ兵からは、その容貌と発射音から「スターリンのオルガン」と呼ばれていたそうな。

「カチューシャ」がロシアで流行したころは、まさにこの兵器「カチューシャ」でソ連兵が必死の戦いをしていた時期です。

では、戦時中のソ連兵、ソ連の市民たちに盛んに歌われた「カチューシャ」という歌は、どんな歌詞だったのでしょうか?

田部春雄さんという方が原詩を訳されたものをご紹介します。

*****

りんごと、なしの花が咲いた 
川もに霧がたちこめた
川岸にカチュ-シャが現れた 
高く切り立った崖の上に

現れ出て歌を歌い始めた
大草原のハト色のワシについての歌を
愛するものへの歌を
その人の手紙を大事にもって

おお、歌よ、おとめの歌よ
明るい太陽の後を飛んでいけ
そして遥かな国境の兵士に
カチュ-シャからの挨拶を伝えてよ

彼に純朴なおとめを想いださせよ
そして彼女がどう歌っているかきかせよ
彼にふるさとの大地を大事にさせよ
カチュ-シャは愛を大事にするよ

*****

1942年。
ドイツ軍のソ連侵攻のさなか。
カチューシャという名前の兵器で死闘を続けるソ連兵士。
そして、兵士達の恋人や家族。

彼らがこの歌をうたうとき、ドイツ兵に向けられたソ連製兵器「カチューシャ」と、愛する人を遠い戦場へと見送らねばならないカチューシャの嘆きとがオーバーラップしたことは想像にかたくありません。

「カチューシャ」

この歌は、第二次大戦中のロシアの人々が、ドイツ軍侵攻に立ち向かうために、自らを勇気付け、奮い立たせるためにうたった歌だったのですね。

原詩を訳された田部春雄さんは、第二次大戦終了後の三年間をロシアの収容所で送ったという経験の持ち主です。
ロシア人兵士が、勝利の歌として「カチューシャ」をうたうのを毎日のように聞いたそうです。

現在のロシアの人たちが、「カチューシャ」をどの程度知っているのか、どんな気持ちでこの歌を聴いたり、うたったりするのかはわかりません。

が、1945年前後の数年間、ロシア人たちがこの歌を「戦争を生き抜く歌」として歌っていたことは確かです。

その「カチューシャ」が、なぜ、戦後の日本の歌声喫茶で愛されるようになったのでしょうか?

「カチューシャ」追求はまだまだ続きます・・・・


*****

「カチューシャ」の原詩を訳された田部春雄さんが書かれた「ロシア民謡」という文章をご紹介します。

「カチューシャ」をうたい続けてきた田部さんが、過去を振り返って揺らぐ思いがつづられている力作です。

「ロシア民謡」

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2006.04.05

カチューシャ 1

「リクエストがありましたら遠慮なくどうぞ。ただし、Momokoへのリクエストは大学病院の予約並み。二ヶ月待ちが当たり前~」

なーんてことを言っているMomokoにリクエストがやってきた。

「りんごの花が咲くちょうど今頃の歌なんですけどねえ・・・」
「何でしょう?」
「カチューシャの歌って言うんですが・・・」
「どんな歌でしたっけ・・・・?」

居合わせたおじ様たちが歌いだしました。

♪カチューシャ かわいや
♪別れの辛さ~

「これに、りんごの花、出てきましたっけねえ・・・・?」
「あの、昔、歌声喫茶でよく歌った歌なんですが・・・」
「歌声喫茶といえば・・・・」

居合わせたおじ様たちが別の歌を歌い始めた。
毎回喫茶店に集まってくださるおじ様達はいろんな歌を知っているらしい。

♪りんごの花ほころび
♪川面に霞たち

「ああ、それならMomokoも知ってます!」

続きをいっしょに歌いました。

♪君なき里にも
♪春は忍び寄りぬ

「そうそう、それです。りんごの花が咲く今頃にちょうどいい歌ですよねえ」
「そりゃ、そうだけど、Momokoへのリクエストは2ヶ月待ちなんで・・・・」

結局その場は一番の歌詞をみんなで歌っておしまいにした。
家に帰ったら調べてみよう。


日本語の歌、それもかなり古い歌をよく歌うわたしは、「日本の名歌」「世界の名歌」という歌集を持っている。

「りんごの花ほころび・・・」はロシア民謡だったよね。じゃ、「世界の名歌」に載ってるはず・・・

あった、あった。
カチューシャ! これ、これ!


 りんごの花ほころび
 川面に霞たち
 君なき里にも
 春は忍び寄りぬ

 岸辺に立ちて歌う
 カチューシャの歌
 春風優しく吹き
 夢が沸く美空よ

 カチューシャの歌声
 はるかに丘を越え
 今なお君をたずねて
 優しその歌声
 
 りんごの花ほころび
 川面に霞たち
 君なき里にも
 春は忍び寄りぬ


ふむふむ。
メロディは知ってるし、歌詞も半分ぐらいは知っているし、コードは簡単だし、ギターで弾くとちょっといい感じ。

短い歌でもあり、一日で弾いて歌えるようになった。

ただ・・・・

10回、20回と歌っているうちに、歌詞に納得がいかなくなってきたのです。

カチューシャというのは女性の名前だよね。「君」というのは恋人でしょう。恋人が遠くへ行ってしまって、一人寂しく岸辺に立って歌うカチューシャの歌。

でも・・・・

なんか、こう、しっくりこない。
恋人が遠くに行ってしまったというのに、どうして
「夢がわくみ空よ」なんてのどかに歌っているんだろう?
なんだか中途半端な歌詞だなあ・・・
いったい、オリジナルのロシア民謡はどんな歌だったんだろう?


調べてみました。
そして、ロシア人がこの歌を歌っていた背景に行き当たって、「その時歴史が動いた」のクライマックスを見たような衝撃を受けたのです。

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