割り切れない割り算のよう
こんなライブでした その13
11月4日(土) 6:30~
西巣鴨 カフェ・ド・ノーブル
ゲスト:うーてるず(うーさんとてるちゃんのウクレレ・デュオ)
*****
9月の初めに、ポルトガル語とブラジル音楽漬けの日々を送るべく、彼女はリオ・デ・ジャネイロに旅立った。
ブラジルのポップスを独特の語り口で歌う彼女の弾き語りは魅力的だった。
そんな彼女が残していった「お気に入りの歌」のカセットテープの中に、A VIZINHA DO LADOというサンバが入っていた。
Mesh com as cadeiras pra ca
Mesh com as cadeiras pra la
というひょうきんな言葉が何度も出てくる愉快な歌。
リオに旅立った彼女の勢いのある歌いっぷりが今でも耳によみがえる。
ブラジルの新しいポップスを好んで歌う彼女には珍しく、これは、ドリヴァル・カイミ作曲のかなり古いサンバである。
カセットテープの中のA VIZINHA DO LADOは、ホベルタ・サーというブラジル人の若い女の子が歌っていた。ひょうきんなクラリネットの合いの手とともに小気味よく歌っている。
いいなあ! 楽しいなあ!
わたしも歌っちゃおう!
VIZINHA DO LADO
短い歌です。すぐに覚えられると思った。
けれど・・・ひととおり歌詞を覚えて、さあ、ギターの練習をしましょう、というところで、あらためてホベルタ・サーのCDを聞いてみたところで、わたしの頭は大混乱に陥ってしまった。
あれ? この曲、どうして歌の途中の半端なところからギターが始まっているんだろう?
何度聞いても、歌とギターがちぐはぐに聞こえるのです。
歌の出だしとギターの出だしがずれて聞こえる。
本当にずれているのかもしれない。わざとそうしているのかもしれない。
曲の冒頭から指を折って、拍数と小節数を数えてみるのだが、数えること自体が容易ではない。なにしろ、わたしの頭の中では歌とギターが1小節ずれて聞こえているのだから、曲の途中で何拍数えたのか、何小節数えたのか、わからなくなってしまうのです。
まるで、割り切れるはずの割り算を何度計算しても「余り」が出てしまって泣きべそをかいていた小学生のころの気分だった。
三日間。何十回ともなくホベルタ・サーの歌を聴いては、指を折って拍数を数えていた。
合わない。
合わない。
わからない!
金曜日の夜。
その夜も何度ともなくCDを聞いては拍数を数え、自分で歌ってみては拍数を数え・・・ため息とともに布団に入った。
夜中にふっと目が覚める。
布団の中で、A VIZINHA DO LADOを口ずさみ、右手の指を折って数えてみる。
やっぱり合わない。
夢でもいいから答えが知りたいものだ・・・
夢は見なかった。
けれど、土曜の朝、目を覚まして、A VIZINHA DO LADOを歌ってみると・・・すんなりと歌い出して、すんなりと繰り返して、終わるべきタイミングに歌い終えられるようになっていた!
気のせいかもしれない。CDといっしょに歌ってみた。やっぱり、違和感なく歌える!
歌えるとなると、嬉しくて嬉しくて、土曜日は日がな一日、A VIZINHA DO LADOを弾き語っていた。
そして、ノーブル・ライブでは・・・
「きょう覚えたばかりの歌で、これからちゃんと練習するんだけれど・・・覚えたのがあんまり憂い氏から歌っちゃいます」という言い訳をして、歌ってしまいました。
すっきり割り切れて、これから本格的に練習を始める歌。
A VIZINHA DO LADO
*****
演奏曲
1. てんとう虫のサンバ
2. A VIZINHA DO LADO
3. AMIGODS SAMBISTAS
4. 砂山
5. ふんわり・まん丸・明石焼き
6. 上を向いて歩こう
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (3)
