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2007.05.01

海ゆかば

「子供の時に聞いた歌というのは、今でも耳に残っているものですね。」


お年寄りと世間話をしているうちにそんな話になった。

「たとえばどんな歌を思い出しますか?」と、わたしは何気なく聞いてみた。


「それがねえ。軍歌なのよ。あなたなんか知らないでしょう?」

「軍歌って・・・『同期の桜』とか?」

「そうそう。それにね。子供の軍歌っていうのもあったのよ」

「子供の軍歌?」

「あのころは子供のことを『小国民』って言ってね。『小国民の歌』っていうのを歌ったわよ」

「今でも覚えてますか?」

「覚えてますよ。こんな歌だった」


何十年ぶりかで歌うであろうその歌の歌詞を彼女はほとんどそらんじていた。

「それから、忘れられないのは『海ゆかば』ね。」

「海軍の歌ですよね。」

「この歌を聞くとぞっとするような恐ろしさを感じて、できれば聞きたくも思い出したくもないわね」

「それはなぜでしょう?」

「なぜだかはわからないけれど、大きなラジオからこの『海ゆかば』が聞こえてくると、恐ろしくなったのを覚えているわ・・・」


・・・・・

彼女が「小国民の歌」を歌ったり、「海ゆかば」を聞いたりしたのは、太平洋戦争の末期。彼女が5,6歳前後のことだったと思われる。

子供だった彼女が、数ある戦意高揚歌の中で、なぜ、「海ゆかば」にことさらに恐怖を感じたのだろうか。ちょっと気になったわたしは、家に帰って「海ゆかば」について調べてみた。そして、自分がこの歌に関して思い違いをしていたことに気がついた。。


「海ゆかば」は1938年、戦意高揚を目的に作曲され、NHKラジオから頻繁に流れ、戦時下の国民歌と言えるほどに広まった。

ラジオからの戦況報道によく使われた。特に玉砕報道の際に「海ゆかば」を流すことが度重なり、次第にこの歌は鎮魂歌として捉えられるようになった。

知り合いのお年寄りが、子供のころにこの歌を聞いて言い知れぬ恐怖を覚えたのは、おそらく、この歌が戦死者報道や玉砕報道の際に流れることが多かったからだろう。幼い彼女が歌詞を理解したとは思えない。けれど、ラジオからこの歌が流れるとき、恐ろしいことが起きているらしい、と周りの大人たちの反応を見て感じ取ったのではないだろうか。

現在、この曲がドラマやドキュメンタリー番組などで使われるときには、鎮魂歌として、静かな演奏が流れることが多い。が、戦時中のラジオから流れていたのは、フォルテシモで朗々と堂堂と終わる、という演奏スタイルだった。その大音量のエンディングも幼い彼女を不安にさせたのかもしれない。


・・・・・

「海ゆかば」は海軍で歌われた鎮魂の歌。海に沈んだ戦友の死を無駄にはすまい、と心に誓って戦いに赴く歌・・・というのが、わたしが抱いていた「海ゆかば」という歌のイメージだった。軍歌ではあるけれど、なかなかの名曲ではないか、とも思っていた。

だが、考えてみると、わたしはこの歌の歌詞をほとんど知らなかった。調べてみると、この歌は、万葉集に収められている大伴家持(おおとものやかもち)の歌にメロディをつけたものだった。

 海行かば 水漬く(みづく)屍(かばね)
 山行かば 草生す(くさむす)屍(かばね)
 大君の 辺(べ)にこそ 死なめ
 かえりみはせじ


天皇に近く仕えた大友氏一族が天皇への忠誠を誓った長歌の一部分。
戦意高揚にずばり当てはまる詩だったのだ。

作曲は東京音楽学校教授の信時潔(のぶとききよし)。西洋音楽に造詣の深い人物だった。

万葉集という古典に、当時一流の作曲家が曲をつける。荘厳で格調高い曲に仕上がった。

そして、繰り返しラジオから放送される。戦況の悪化とともに「玉砕報道」の音楽として、また、学徒出陣式の音楽として使われるようになる。荘厳な旋律にのせて、天皇のために死をいとわない、と歌い上げる。それは比ゆではなく、現実に「死をいとわない」ということを意味していた。そんな時代だった。


「海ゆかば」は戦友の死を無駄にはすまいと誓う歌、というわたしのイメージには大きな誤解があったのです。


「海ゆかば」は、鎮魂の歌ではない。天皇のためには死をいとわない、と決意を述べる歌、述べさせる歌だった。
そういう意図を持って作曲され、演奏され、放送された歌だった。
たとえどんなに荘厳で格調高い旋律であろうとも、他の多くの軍歌とその趣旨は変わらない。

・・・・・

「『海ゆかば』を聞くと恐ろしくてぞっとするのよ。聞きたくも思い出したくもないわね。この歌は」

子供のころを振り返ってこう語るお年寄りの言葉。幼い彼女が感じた恐怖は決して根拠のないものではなかった。彼女はこの曲の中に死を直感し、実感したのではなかっただろうか。


これから先、戦争について考えるとき、ラジオから流れる「海ゆかば」に恐怖を覚える幼い女の子の姿が、戦争の恐ろしさを非常に具体的に示してくれるイメージとして、わたしの中に繰り返し映し出されることになるだろう。

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