« 2007年11月 | トップページ | 2008年6月 »

2008.05.22

キーニョ、キーニョ、カヴァキーニョ

日曜日。良い天気。野外練習日和。

サンバ三人組は、新宿歌舞伎町のトンカツ屋で「トンカツ茶漬け」昼食後、楽器かついで初台駅近くの遊歩道へ。

ベンチに座ってちょっと歌ってはお喋り、ちょっと歌ってはお喋り。

つかつかつか。おじさま登場。

 「あのー、その楽器はなんていう楽器ですか?」
 「あ、これですか? ブラジルの楽器でカヴァキーニョといいます」
 「ウクレレとは違うんですか?」
 「ウクレレと同じで弦は4本ですが、ウクレレはナイロン弦ですが、このカヴァキーニョはスチール弦で、こういう、シャラシャランという音がします。」
 「あそこのお店にいっしょに来ている学校の先生方が、あの楽器は何か聞いてきて欲しいとおっしゃるものですから・・・えーと、何ていう名前でしたっけ? かヴぁ・・・?」
 「カヴァキーニョですよ。キーニョ」
 「学校の先生ですからね。間違ったことを教えたらいけないですから。カヴァキーニョ、カヴァキーニョ。ありがとうございました」

そして、おじさまは呪文を唱えながら歩いていきました。

 カヴァキーニョ、カヴァキーニョ、カヴァキーニョ・・・

| | コメント (1)

2008.05.15

本日の野外練習 5月15日

目が覚めた。
窓からの朝日がまぶしい。
ようやく暖かい日が戻ってきた。

今夜は久しぶりに目白駅横の広場でギターを練習してこよう。

仕事が終わって、電車に乗って、目白駅到着は7時過ぎ。
いつもの駅横広場の隅っこへ。
干し芋でちょいと腹ごしらえ。
ウェットティッシュで手を拭いて、ギターを出して弾きはじめる。

4,5人の中学生の男の子が追いかけっこで走り回る。

 ダ、ダッダ
 ダ、ダッダ
 ドタドタ ドタドタ
 ダ、ダッダ

チラシを配るお兄さん。

 イーオンです。
 ヨロシクオネガイシマス
 イーオンでーす・・・

めったに受け取ってもらえないチラシ。
お兄さんの声が寒そう。

最初は歌っていたけれど、途中から黙ってギターの練習になった。

Aventuraの最初のリズムと、Ijexaのリズムは、似ているけれど違うのよね・・・・何度も何度も弾いてみる。

1時間経過。中学生は帰っていった。
1時間半経過。チラシのお兄さんはまだお仕事中。

ブルン。体が冷えてきた。今日はここまで。99円ショップで野菜を買って帰ろうっと。

| | コメント (0)

2008.05.11

一日休めば・・・

子供のころに教えられた言葉にこんなものがあった。

 芸事は
 一日休めば自分でわかり
 二日休めば師匠にわかり
 三日休めば客にわかる。

たゆまぬ努力、精進の大切さを説く言葉。

なんて大げさな言葉なだろう、と子供心に思った。エライゲイジュツカのための言葉なんだろうなあ。わたしには関係ない、カンケイナイ・・・と思っていた。

最近、練習のたびにこの言葉を思い出す。

 「一日休めば自分にわかり、」

「あ、この間までできなかったことが今日はちょっと出来るみたい!」という瞬間がある。その「できるみたい」なきっかけを逃さずに何日間か集中して練習できるといいのだが、そういうときに限って仕事が夜遅くなったり、あるいは、目前に迫ったライブ用の曲を練習しなければならなかったりで、せっかく掴みかけた小さな進歩の兆しをとことん追求する基礎練習に時間を使えないことがある。

何かをつかみかけているときは練習を休んではいけないのだ、と痛感する日々である。

ギターは両手で弾くものだ、とある日気がついた。ギターで鳴らすリズムは、弦をはじく右手と弦を押さえる左手の共同作業で生まれるのだと。

それは当たり前のことで、ずっと前から理解はしていたことだけれど、ある日、「それはこういうことなんだ、きっと!」と体で納得する瞬間があった。

でも、それはあくまでも一瞬のことで。その「小さな進歩の兆し」を掴み損ねると、またいつもの「どったん、ばったん」のギターに逆戻り。

ひたすら弾き続ける。あの時、わたしのギターから聞こえたの一瞬のリズム。右手の指の力が抜けて、パーカッションを叩くようにスパッと弦を弾き、左手は左手でリズムを刻み、両手の相乗効果でくっきり、シャキっとしたリズムが鳴った数秒間。

ああ、あの時、何時間でも、何日でも弾き続けるべきだった。

あの数秒間の奇跡を、奇跡ではなく自力で再現できるようになるために、ひたすらギターを弾き続ける今日この頃。

わたしの体験した奇跡など、ギターをちゃんと弾ける人にはできて当たり前のことなわけで、ここで「芸事は一日休めば・・・」なんていう格言を持ち出すのは大げさな話だ。

けれど、今のわたしがギターのごくごく基本的なところで「進歩の兆し」をつかみそこねて歯がゆい思いをするということは、達人たちも、芸事に真摯に取り組む人であるならば、常に「進歩の兆し」を逃すまいと追求し続けているのだろう。その探究心がおろそかにされたとき、「二日休めば師匠(その分野をよく知る人々)にわかり、三日休めば客(その分野に詳しくない人々)にわかる」という結果になるのろう。

一日休めば自分にわかる。本当によくわかる。今現在、「一歩進んで二歩下がる」状態のわがギター。なんとか、「三歩進んで二歩下がる」状態に持っていきたいものだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.10

七つの子

ブラジルの歌手、ヘナータ・ブラスがゲスト出演するというコンサートを聞きにいった。
配布されたプログラムを開くと、何曲目かに「ヘナータ・ブラスがサンパウロで知り合いの日系人に教えてもらった日本の歌を日本語でご披露します」と書いてある。

コンサート後半。「これからヘナートが日本の歌を歌います」という紹介のあと、ヘナート・ブラスはゆっくりとギターを弾いて歌い始めた。

 カーラース
 ナゼ ナクノー

客席からかすかな笑い声が漏れた。それは、ステージ上のちょっとしたアクシデントを笑うのに似た忍び笑いだったけれど、とにかく客席の日本人の何人かは笑った。

ヘナート・ブラスはゆっくりと歌い続ける。

 カーラース 
 ナゼ ナクノー
 カラスワ ヤーマーニー

なぜ笑うんだろう?

大の大人の彼が、日本の歌を歌いますといって歌ったのが子供の歌だったから?

それとも、歌い方かわいらしいから?

ポルトガル語を母語とするヘナートの日本語の発音はかなり上手だったけれど、出だしの「カーラース」の最初の「カ」は、日本語の「カ」よりもずっと口を横に開いた明るい響きの「カ」だったかもしれない。それがかわいらしく聞こえたから笑ったのか?

ヘナート・ブラスがこの歌に特別の愛着を持っていたかどうかはわからない。おそらくコンサートの主催者の要請にこたえて日本の歌をうたったのだろう。

けれど、日系人に教わったというのが本当の話だとすれば、この歌の歌詞の意味を少しは聞いていただろう。そして、「日本人なら誰もが知っている童謡で、とても懐かしい歌だ」というふうに聞かされたのではないだろうか。少なくとも、この歌を日本でうたって、客席から忍び笑いが聞こえるとは思いもよらなかったことに違いない。

なぜ笑うんだろう?

わたしは恥ずかしくなった。忍び笑いの客席が腹立たしかった。歌い終わったあとの、ブラジル通らしき観客のÓtimo!(すばらしい!)の歓声が疎ましかった。

なぜ笑うんだろう?

わたしはとても惨めになった。日本人は、いつから「七つの子」を素直になつかしいと感じなくなってしまったのだろう?
外国人が「七つの子」を歌ったときに、この歌の懐かしさを共有する心を、いつから失くしてしまったのだろう。日本人には日本の歌を愛でる感覚はもはやないのだろうか。

・・・・・

野口雨情作詞の「七つの子」の「七つ」とは何かという謎が取りざたされることがある。

七羽の子なのか?
七歳の子なのか?

どっちでもいいし、どっちでもない。

子ガラスの餌を探しに出かけては「カア、カア」と鳴き、子ガラスが待つ巣に帰るにつけて「カア、カア」と鳴く。「かわいい、かわいい」と鳴かずにはいられない親カラス。

生まれたわが子を無条件にかわいいと感じる。そういう仕組みが鳥や獣の遺伝子には組み込まれているに違いない。わが子はかわいい。かわいがらずにいられない。それは、次の世代に命を伝えるために野生の動物の遺伝子に組み込まれた仕組み。もちろん、人間にもその仕組みは備わっていたはずだ。

野生の動物は過酷な条件の下で生きている。自分が生きるだけでも命がけなところに子供を産んで育てなければならない。子育ての原動力が「わが子はかわいい!」という感覚ではないか?

「可愛、可愛と烏は啼くの」という言葉に共感していた日本人の多くは、日々の生活が苦しくて、その苦労の中で、「わが子はかわいい!」という感覚に支えられて、突き動かされて、必死に子育てして生きてきた。

その「わが子はかわいい!」という野生の動物に共通の感覚がだんだん薄れているのかもしれない。そして、「七つの子」の歌詞に込められた切ないほどの親心を聞き取れなくなっている。

「子供を産んだことのないくせに何、感傷的なこと言ってるの? 子育てってそんなあまっちょろいものじゃないわよ!」と言われるかもしれない。

実際、わたしは小さい子供が苦手。人間の子供よりは猫のほうに親近感を持っているぐらいだ。

けれど、根拠のない確信がある。自分の子はかわいいに違いない。もしも自分に子供がいたならば、思い通りにならぬ子育てに右往左往しながらも、「わが子はかわいい!」の一念でがむしゃらにがんばるのではないか、という気がする。他人の子はともかく、自分の子はかわいいと感じるように思う。そういう大人でありたい。そういう人でありたい。


 七つの子
  
   野口雨情作詞
   本居長世作曲

 烏 なぜ啼くの
 烏は山に
 可愛い七つの
 子があるからよ
 可愛 可愛と
 烏は啼くの
 可愛 可愛と
 啼くんだよ
 山の古巣に
 行つて見て御覧
 丸い眼をした
 いい子だよ


| | コメント (4)

2008.05.05

ライブ快

最近、ひそかに追っかけているお兄さん(おじさん?)がいる。

りびけん

だいぶ前に、荻窪アルカフェに遊びにいったら、この不思議なお兄さん(おじさん?)がウクレレ弾き語りをしていて、ウクレレも上手いけど、歌いっぷりのよさがちょっと気に入った。

アルカフェは、ウクレレが壁にたくさんぶら下がっている店なのだが、りびけんさんは、歌い(弾き)終わると、壁にかかっているウクレレをみんなに配って、突然ウクレレ教室を始めた。

おかげで、「バラが咲いた」のコードを教えてもらえて、その後わたしのカヴァキーニョ(ウクレレの従兄弟みたいなブラジルの楽器)弾き語りの数少ないレパーーリーリーに加わった。

なんだか、愉快なおじさんだ。いや、お兄さんかな。

それっきり。りびけんさんのことはすっかり忘れていた。

一月ほど前だったか。ひょんなハズミでりびけんさんのブログを読んだら、これが面白い。その日、その日の出来事などなどをずばずばずばっと書きなぐる。読んですっきりするブログである。

そして、りびけんさんはウクレレ弾き語り以外にアカペラコーラスをやっていることを知り、池袋のお店に聞きに行った。

類は友を呼ぶ。歌いっぷりといい、かっこつけない(かっこつけてるのだとしたら、ごめんなさい。ほめてますから)、少々危なっかしいハーモニーを補って余りある愉快なアカペラコーラス。すっかりご機嫌になったわたしは、ついつい自分も歌いたくなり、前半のステージを聞いたところで帰ってきてしまった。

池袋駅から高架下の歩道を大きな声でサンバを歌いながら歩いて帰ったのである。

そのりびけんさんが、新宿のライブハウスの弾きがたりデーに急きょ出演が決まったという。

その日は四谷で友人たちと食事をしていた。彼女達と別れたのが8時ごろ。りびけんさんの出番は確か最後だった。今から歌舞伎町に向かえばちょうどいい時間だ。

歌舞伎町の店に着くと、何番目かの出演者がオリジナルを弾き語っていた。その次は、ちょっとお笑い系の入った弾き語りのお兄ちゃん。

わたしは非常に行儀の悪いお客であった。なにしろりびけんさん以外は興味がない。弾き語りお兄ちゃんの声がガンガン響く中、ソファに座って居眠りしていた。

そして、りびけんさんグループ登場。

名づけて三馬鹿トリオ。

類は友を呼ぶ。
名は体を現す。

すばらしくお馬鹿でご機嫌なライブ。ウクレレはシャキッと鳴り、パーカッションは小気味よい。そしてりびけんさんのすかっとする歌いっぷり。わたしは勝手に立ち上がって、歌って踊って手拍子して、キーホルダーについているブラジル土産のミニガンザを振って、愉快さを体一杯満喫させていただいた。

昔、名曲喫茶というお店があった。大きなスピーカーからクラシック音楽がかかり、人々は黙々とクラシック音楽を聴いて過ごす。

ある名曲喫茶には、レコードに合わせて指揮棒を振る名物おじいちゃんがいたという伝説を聞いたことがある。

昨夜のわたし。ステージ上のトリオの思惑も、行儀よく聞いてるほかのお客の迷惑もなんのその、ひとりで勝手に盛り上がって、ライブが終わると挨拶もせずにさっさと帰る。

そんなわたしは、はたからみれば名曲喫茶の指揮棒おじいさんのようだったかもしれない。完全に自分の世界に浸っている変なおばさん。

今のわたしは濃い音楽、濃いパーフォーマンスが欲しい。客席で心置きなく盛り上がれるような、ガツンと楽しませてくれるライブが欲しい。

そういう気分にジャストフィットなライブを聞けると最高に満足できる。朝、目が覚めたときに、「今日はとんかつだ!」とひらめいた日に、その日の予定をやりくりして、首尾よく最高に美味いトンカツにたどりついた喜びに通じる充実感である。

そうなんだ。わたしにとってライブは快感なんだと思う。

その日の気分、心境、体調にジャストフィットなライブを聞きたいという欲求は、食欲にかなり近い生理的な欲求なのだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.04

筋トレ

「今年のクリスマスはブラジルに行こう!
新年のカウントダウンはリオ・デ・ジャネイロ!
サンバをいっぱい覚えて
ブラジル人といっしょに歌いまくろう!」

新年早々、サンバ仲間3人で設定した今年の目標である。

さっそく、サンバ・レパートリー拡充作戦開始。

最初の課題曲は、Não Quero Saber Mais Dela~Malandro Sou Eu~Sonhando Eu Sou Felizの3曲。Beth Carvalhoのアルバムに入っているメドレーをそのまま覚えて歌おう!というものだった。

アップテンポのノリのいいメドレーが楽しくて、「これ、歌いたいねえ!」とやる気になったものの、いざ覚え始めてみると、アップテンポすぎて歌詞がメロディにはまらない。音程が聞き取れない。譜割りも疑問だらけ。

3曲メドレーの1曲目で早くも挫折しそう。

サンバ三人組ではパーカッション担当だから歌だけ覚えればいいのだが、この強敵メドレーをねじふせるには、ギターを弾いてひとりで歌えるまでにマスターしなければならぬ!

わたしは奮起した。

かなりの苦労の末になんとか3曲を歌えるようになると、今度は3曲のギターのコード進行を覚える。これで、なんとか弾いてうたえるはず。

ところが。

ここで思わぬ難題に出くわす。3曲メドレーを、歌いたいテンポで、シャキッとした音で弾きとおすことができない。右手が途中で力尽きてしまうのです。

サンバのリズムを刻む右手。一定のテンポで、失速することなく、明確なタイミングで、シャキッとした音色で弾き続けることができない。

たった6分のメドレーを弾きとおせない。なんて柔なわたしの右手。

この右手にサンバ筋をつけねば! 6分のメドレーを弾いてはひたすら右手を鍛える日々である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年6月 »