« 青い森への旅日記8 山の母さんの店 | トップページ | 荻窪アルカフェで歌います♪ »

2014.07.04

青い森への旅日記9 青い森

車は山道をさらに奥へと進んでいく。

深い深い森へ。
圧倒的な緑の群れへ。
人間の侵入を拒む森林世界のほとりへ。

「いちいちニュースにはならないんですけどね。茸や山菜を取りにこの森に入って遭難する人が毎年何人もいるんですよ。」というシュンメイさんの解説に森の深さと怖さを推し量る。

晴れたり、曇ったり、霧がかかったりするたびに、様々な緑になって私達の前に現れる深い森。
木々の間を分け入って深い森に抱かれてみたい・・・そんな誘惑を抱かせる神秘の森。。

ああ・・・青い森とはこのことだったのか・・・

青森に行こうと決めた時、ふと思った。

青森という地名に、どことなく取ってつけたような印象を持ってしまうのはなぜだろう・・・?

青森県庁のサイトにはこう書いてある。

・・・・・・・・・・・・・・・
Q1 青森の地名の由来は何ですか。
A1 その名のとおり、”青い森”があったからと言われています。青森という地名は、江戸時代前期の1624(寛永元年)年、弘前(ひろさき)藩が現在の青森市に港町の建設を始めたときに名付けたものです。当時、現在の青森市本町附近に青い森があり、港に入る船の目印になっていたと言われています(残念ながら、今は残っていません)。
・・・・・・・・・・・・・・・
「そこに青い森があったから青森と名付けました」。
単純明快な青森の由来に拍子抜けしてしまう。
街の発展で消えてしまった森が、青森市の、青森県の名前の由来になったという解説はどこか腑に落ちなかったのだが・・・

原生林の深い森を目の当たりにした時、「そうだったのか!」と胸の内で叫んでいた。

青い森とは、この森のことだっだんだ。

青森の人々は、背後の山に深い森があることを身に染みて知っているだろう。
自然の恵み豊かな青い森。
しかし、不用意に侵入すれば人を捕えて帰さない深い森。

そうだ。ここは、青い森の国なんだ。

豊かな森また森の眺めに感激するうちに、八甲田山雪中行軍記念碑に到着。

記念碑の前に立つ。
明治35年1月、「上陸したロシア軍を迎え撃つ」という想定の下で行われた雪中行軍訓練。210名の隊員のうち実に197名が凍死したという遭難事故を描いた映画、「八甲田山」の終盤の映像が脳裏に蘇る。
猛吹雪の中、道を失い、部隊の指揮系統は破たん。衰弱と飢えと凍傷に苦しみながら死に至る隊員たちの悲惨な最期をリアルに描いていた。

雪山の十分な備えのないまま、210名の隊員を豪雪の八甲田へ向かわせる軍隊とは。
遭難死した者たちは望んで雪山に入った探検家ではない。命令で雪山を歩かされた兵隊達だ。

平和で穏やかな季節にここに佇む私には、狂気としか思えない。

ふたたび森のほとりを巡る車に揺られながら思いを巡らせた。

深い深い森。
深い深い雪。
圧倒的に豊かなで圧倒的に過酷な環境の中で、ここの人々は暮らしている・・・

遠い国に来たのだなあ・・・と初めて思った。

とにかく、今は、目の前に広がる青い森の底知れぬ緑を見られるだけ見ておこう。

|

« 青い森への旅日記8 山の母さんの店 | トップページ | 荻窪アルカフェで歌います♪ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 青い森への旅日記8 山の母さんの店 | トップページ | 荻窪アルカフェで歌います♪ »