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2016.10.10

“聲の形”という漫画

何気なく聞いていたラジオから、 “聲の形”というアニメの紹介が聞こえてきた。
今話題のアニメ、「君の名は。」と対比させた解説に興味を引かれた。
主人公が耳の聞こえない少女というのも気になる。

軽い気持ちで原作の漫画の第1巻のKindle版をiPadにダウンロードして読み始めた。

ところが、数ページも読み進まぬうちに、思わぬところで自分の弱視というハンディを思い知らされることになる。

パッと見ただけでは状況がわからないのだ。

たとえばこの場面。
何が起こっているのかさっぱりわからない。

1010d
(大今良時作”聲の形”(講談社) 第1巻47ページ)

画面を拡大して一コマ、一コマ、確認する。
最上段は、テレビゲームがゲームオーバー?
2段目は自分の部屋にいる少年?
「ごはんよー」と台所から母親の声?
3段目の右端は、おかずが煮えている?
次のコマは、料理を仕上げる母親と、テレビを見る少年?

ここまでは、何となくわかる。

次のコマで牛乳を飲んでいるのは・・・同じ少年なのか?
でも、前のコマと着ているシャツが違うから、違う少年か?
でも、この女性は料理中の母親だよね?
最下段の右は、いったい何が描かれてるの?
いちばん左の絵、消そうとしてるのはパソコンのスイッチ?
テレビじゃなかったんだ・・・

この1ページで何が起こっているのか、さっぱりわからない。

それでも、わかる範囲の絵と台詞を繋ぎ合わせて、何とかストーリーを追ってみるのだが・・・
耳の聞こえない少女が苛められる肝心の場面で、また、わからなくなる。

この3ページで、具体的に何が起きたのか?
彼は彼女に何をしたのか?

1010b
(大今良時作”聲の形”(講談社) 第1巻115ページ)

1010a
(大今良時作”聲の形”(講談社) 第1巻116ページ)

1010c
(大今良時作”聲の形”(講談社) 第1巻117ページ)

画面を拡大して必死に絵を見ること十数回。

少年は、少女の何かを川に捨てた。
それを拾うために少女は川に入って行く・・・

けれど・・・いったい、何が捨てられらのか、が、わからない。

一コマ、一コマ、ルーペで観察して、ようやく、わかった。
少年が川に投げ捨てたのは、たぶん、耳の聞こえない少女が使っていた筆談用のノート・・・?

こんな具合で読み進める“聲の形”という漫画。
第1巻の最後のページにたどり着くころには、目も心もへとへと。

このもやもやとした“私だけ何にもわからない感”・・・
周りのみんなは当たり前にわかっているのに、私だけ置いてきぼりにされる “私だけ何にもわからない感”・・・

ああ、これは、幼いころから長い間、私が取りつかれていたもやもやとした恐怖の感覚だ・・・

何気なく読み出した“聲の形”という漫画の読解に手こずるうちに、封印していた昔の記憶の蓋が開いてしまった。
弱視というハンディゆえに周囲の状況がわからずに、どこにいても自分だけ浮いてしまう、取り残される、「何、やってんの、あの子?」と陰口が聞こえてくる(ような気がする)・・・若い頃の不安感がフラッシュバック。

第1巻の最後までたどり着いた時にはすっかりくたびれ果てて、2巻以降をダウンロードする気力がなくしてしまったのだった。

それにしても腑に落ちない。
漫画は嫌いじゃないはずなのに、この漫画はなぜこれほどわからないのだろう?

盲学校に通っていたからか、子供のころは漫画とは縁がなかったけれど、20代から30代にかけて、身近に転がっていた漫画誌を読みふけっていた。

「じゃりン子チエ」、「ホワッツマイケル」、「YAWARA」、「美味しんぼ」などはアニメよりも先に漫画で読んだ。
「カムイ伝」や「火の鳥」は単行本を買って読んだ。
「いとしのエリー」の“ヤングジャンプ”連載を毎号楽しみにしていたっけ・・・

そりゃ、普通の視力の人より読むのは遅いし、描かれていることが100%理解できていたわけではないけれど、弱視の私も十分楽しんで読めた。
場面の理解に手こずってストーリーが追えないなんてことはなかった。

“聲の形”が特殊な漫画なのか?
それとも、いまどきの漫画は総じてこういう描き方なのか?
それとも、私の感性が老化してしまったのか・・・?

何気なく読み始めた“聲の形”という漫画が弱視の自分には読めないという事実に打ちのめされた私は、悶々とした数日間を送る。

そして、ある朝、目覚めて、その日の予定を思い出して、ふっと我に返った。

今の私は、“聲の形”という漫画の世界よりも、ずっと見えやすくて把握しやすて、暮らしやすい世界に生きているではないか。

「見えないんですけど」と言い出せる図々しさを身に着けたからかもしれない。
いろいろな形で私の“見えなさ”を補ってくれる心優しい“見える人々”に囲まれているからかもしれない。

“聲の形”の物語がどのように展開するのかは知らないが、耳の聞こえない少女と、彼女を苛める少年に教えてあげたい。

今は苦しいかもしれない。
けれど、自分も、相手も、周りのみんなも、大人になるんだよ。
少しは生きやすくなると思うよ。
お互いが生きやすい仲間と出会えるよ。

だから、生き延びてね、と。

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