2014.07.14

青い森への旅日記15 エピローグ

6月15日、日曜日。午前9時過ぎ。

「昨日は山ばかりだったから、今日は海を見ながら行きましょう」

ホテルを出てしばらく走ると陸奥湾が見えてきました。
海沿いの浅虫温泉で車を降りて海辺の方に歩いていくと、海釣り公園という大きな看板の前に来ました。

釣り竿を借りて手軽に海釣りを楽しむことができるようです。

「ちょっとだけ見学させてください」とお願いして、桟橋のような釣り場に入れていただきました。

おじさんが一人、釣り糸を垂れています。

「何が釣れますか?」
「アブラメかな」

海の向こうに、こんもりとした森におおわれた三角おにぎりのような島が見えました。

「赤い鳥居がありますね」とクマちゃんが教えてくれる。

どれどれ・・・

遠くを見る時に使う単眼鏡を出して覗いてみると、たしかに島の真ん中に小さな赤い鳥居が見えます。
ということは、おにぎり島の神社にお参りできるのかな。

「すいません、あの島には名前がありますか?」海釣り公園のお姉さんに聞いてみました。
「ゆのしまですよ。」
「ゆのしまって、お湯の島?」
「そうですよ。」
「湯の島に行くことはできますか?」
「あそこの船着き場から舟が出ていますよ。春になるとカタクリの花が満開になって、カタクリ祭りがありますよ」

三角おにぎりの島の満開のカタクリの花!

その話を聞いた時、またここに来ようと思いました。
カタクリの花がどんな花だか知らないし、調べるつもりもありません。
カタクリの花が咲くころにもう一度ここにきて、おにぎり島に渡って、カタクリの花をこの目で見てみたい。

今回の青森ツアーは青い森の国との出会いの旅になりました。

「旅日記」はまだまだ続く予感がします。


Photo

クマちゃんが撮ってくれました。ありがとう。


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2014.07.13

青い森への旅日記14 ハイウェイ・グルーヴ

東北自動車道に入った車は順調に南へ、南へと進みます。

遠くに近くに山を見ながら。
青い田んぼを見下ろしながら、
時おり街を通り過ぎ、
トイレと駐車場だけある所をパーキング・エリアと言い、
レストランやお店があるお休み処をサービス・エリアというのですよと教わる。
そんなことの一つ一つが珍しい。

それにしても、クマちゃんはすごい。

摩訶不思議な機器の集合体である自動車という一大装置を時速100キロ超のスピードで走らせながら、それを制御し、操作するのだから。

それだけではない。
高速道路を走りながら、
ドリンクの瓶やペットボトルの蓋を開けて飲んではまた閉め、
襲い来る睡魔を押し返し、
包み紙を次々剥いてガムを噛み、
剥がしにくい包み紙を器用に剥いてりんごキャラメルを食べ、
私が噛み終わったガムまで「ゴミはこちらへ」と引き取ってくれたり、
クマちゃんからは1メートル以上離れているサイドミラーというちっちゃな鏡にも目を配ったり、
CDを交換したり・・・

その間も、時速100キロ超のスピードで車を走らせているのだから。

「そういえば、私もサンバのCDを持ってきたんだけど・・・」
「そうなんですか! 聞きましょう!」

何時間もの高速道路走行の気晴らしになるかもしれないと、サンバのCDを持ってきていたのです。

ところが、意外と気分が盛り上がらない。

なぜだろう? 
大好きなサンバなのに、なぜ盛り上がれないのだろう?

二度、三度と繰り返して聞くうちに、ひとつの仮説が立ちました。

「サンバのグルーヴとハイウェイのグルーヴは相容れない」

サンバは2/4拍子。そのリズムの土台は、1,2,1,2、と大地をがっしり踏みしめる足踏みに根ざす「スルド」という名の重低音の大太鼓です。
大小様々のパーカッションがそれぞれにリズムを刻み、それらのアンサンブル全体が、ベース音のスルドの足踏みに乗って、サンバ独特のリズムのうねりを創りだす。

大地を踏みしめるリズム。
この「足踏み感」が、時速100キロというスピードとしっくりこないのではないか?

一方、ビートルズのCDをかけてみると、そのビート感に、すいっ、すいっ、と車が乗っていくようで、実に気持ちがいいのです。

車には車に似合うスピード感の音楽がある。
これは発見でした。

車はさらに南へ、南へと進みます。
安達太良サービスエリアの巨大なウルトラセブンのご発声に度肝を抜かれて目が覚めて、
さらに南へ南へとひた走り、
夜も11時になろうとする頃、
単純明快な東北自動車道から、
次々枝分かれする複雑な首都高に入ると、
東京に帰ってきたと実感します。


東池袋の出口で首都高を降りたところで、
「明治通りはどっちだろう・・・」とクマちゃんが呟きます。
ここは私の家のすぐ近所。しょっちゅう歩いて通っている界隈のはず。
それなのに、今東池袋のどこを走っているのかさっぱりわかりません。

車と縁のない生活を送る私は、首都高の東池袋の出口から降りたこともなく、その出口が東池袋のどこにあるのかも知りません。
近所まで来たというのに道案内ができない自分が情けない。

それでも間もなく明治通りを見つけてくれて、我が家への曲り角にある100円ローソンの前で停めてもらいました。

ギターケースとお土産のバッグを降ろしてもらうと、朝の8時半から夜の12時近くまで15時間余りを一人で運転して東京まで連れて帰ってきてくれたクマちゃんにご挨拶。

お疲れさまでした。
ほんとうに、ほんとうにありがとう。

この後、八王子のご自宅まで運転して帰るクマちゃんの交通安全を祈りつつ、我が家への曲がり角を曲がったのでした。


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2014.07.10

青い森への旅日記13 車は急に止まれない

ところでクマちゃん。
旅に出たらどうしても欠かせないものがあるんですけど・・・

ソフトクリーム。

旅に出たら、一日に一度はソフトクリームを食べなければなりません。
旅先のご当地ソフトがあればぜひ味わわねばなりません。
名物ソフトクリームがない場合は、バニラのソフトクリームを食べねばなりません。
たとえ仕事の旅であっても、すべての仕事を終えて帰りの飛行機に乗る前には、必ずソフトクリームを食べることになっております。

ここは青森ですもの。
りんごソフトクリームを味わわねばなりません。

梅雨のさなか、夏の観光シーズンにはちょっと早い日曜日の十和田湖の静かな湖畔の森の影に・・・

あった、あった、ソフトクリームの模型!

「すいませーん、りんごソフトクリームくださーい!」
「ソフトクリームはバニラと、メロンと、ミックスだけなんですが・・・」
「え? りんごはないんですか・・・」
「りんごソフトクリームはこの先の店にありますよ」

売店のお兄さんに言われた通りに湖畔を少し先へ歩いていくと・・・

あった、あった、ソフトクリームの模型!

ようやくたどりついたりんごソフトクリーム。りんごシャーベットのような舌ざわり。美味しくいただきました。

緑のおにぎり島を見て。
津軽海峡で熱唱して。
奥入瀬の流れを眺めて。
十和田湖畔で背伸びして。
りんごのソフトクリームを食べて。
青い国での楽しい休日でした。

さあて。そろそろお家へ帰りましょう。
東京まで、およそ680km。

十和田湖畔を離れた車が間もなく東北自動車道に入ろうというあたりで・・・


突然の異変。


自業自得に違いない。
湖畔の売店のお兄さんが「りんごソフトクリームはもう少し先の店にありますよ」と親切に教えてくれたのに、「十和田湖なのになんでメロンソフトクリームしか売ってないのさ」とブツブツ文句を呟いてしまった報いに違いない。

あるいは、弘前行きの夜行バスで読んだ池波正太郎の短編のリアルな描写が潜在意識にインプットされていたのかもしれない。

そこに描かれていた盲目の按摩師。一人で外出した先で突然の下痢に襲われ、白い杖を頼りに必死でトイレを探す緊迫の描写は、同じ視覚障害を持つ私には他人事とは思えなかった。

ど、ど、どーしよ~~~

どうしようってったって、私にはどうすることもできません。走る車の中なんだから。

「クマちゃん、すいません、トイレに行きたくなりました」

「えっ!!!」

付近にはトイレを拝借できる所はなさそうです。

ど、ど、どーしよ~~!!!

クマちゃんは必死でガソリンスタンドを見つけてくれました。
車を降りると、

「すいません、トイレはどちらですか?」
「そっちです」とスタンドのおじさん。

そっちって、どっちですか・・・泣きそうになったところをおじさんがトイレのドアまで連れていってくれました。


間に合った・・・


クマちゃん、慌てさせてしまってごめんなさい。


教訓:どんなソフトクリームを売る人に対しても、感謝の心を忘れてはいけない。

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2014.07.08

青い森への旅日記12 嗚呼、津軽海峡!!

6月15日、日曜日。午前7時30分。
ホテルを出て右にまっすぐ。交差点を二つ超えて海が見える公園へ出かけていった。

海に向かってまっすぐ立つ。
大きく息を吸って、
お腹に力を入れて、
フォルテシモの声で・・・


 お、か、あ、さーーーーーん!!!


声の向かう先は津軽海峡・・・ではなくて、手元の携帯電話。

金曜の夜から一人で留守番をしている88歳の母へのモーニングコールです。耳が遠い母に電話する時は、大きく、通る声で、子音を強調して、短い言葉に感情を込めて、ゆっくりと発声しなければなりません。
まるで芝居の稽古。間違ってもホテルのお部屋ではできませぬ。
海辺の公園が近くにあって助かった!


午前8時30分。
新幹線で帰るYTさんを新青森まで送り届けてからホテルに戻ってきたクマちゃんの車に乗り込んで出発です。

「昨日は山ばかりだったから、今日は海を見ながら行きましょう」
「海って、太平洋?」
「いいえ、陸奥湾でしょう。」

あ、そうか・・・

「それから十和田湖に寄っていきましょう」
「十和田湖って近くに鉄道が通ってますよね?」
「いいえ、それは田沢湖のことでしょう・・・」

あ、そうか・・・

右も左も何にもわかっていないももこさんを乗せたクマちゃんの車は、まもなく海沿いの道に出ました。赤い小さな鳥居が立っている緑のおにぎりみたいな小さな島を見つけたり、土曜の朝の青森駅から見えた巨大な唐傘の正体を突き止めたりして、青森駅まで戻ってきました。

「ぜひ案内したいところがあるから!」

というクマちゃんについていくと、青函連絡船の前に何やら立派な歌碑があり・・・近づくと・・・

突如、大音量でイントロが始まります。

そういえば、昨日の車の中で「シュンメイさんの津軽海峡が聞けてよかった!」と何度もクマちゃん達が話していたっけ。男子3人、海を向いて整列して斉唱したのか?と思っていたら、こういうことだったのねえ~~~!

目の前には立派な「歌詞カード」があります。石川さゆりとデュエットで熱唱しないわけにはいきません。

はい、皆さんもどうぞ~せっかくなので冬景色バージョンで。


熱唱後は駅前の三角形のビルへ。1階のお土産屋さんでお買い物。

「すいませーん、キティちゃんはどこにいますか?」
「こちらです。ご案内します」

ご案内されて、青森限定りんごキティちゃんお買い上げ。さっそくリュックにつけました。
Photo


青森駅を後にした車は、昨日ドライブした青い森へ。
晴れたり曇ったり。刻々と変わる光の中を走り抜けます。助手席は特等席。クレモンティーヌのフレンチ・ボッサを聞きながら移りゆく景色にただただ見とれるばかりです。

車を停めて間近に眺めた奥入瀬の流れには息をのみました。有名な奥入瀬が十和田湖への流れだと、ここに連れてきていただくまで私は知らなかったんです。
森にまもられた清流。緑に染まる流れ。青い森のもうひとつの恵み。
ここまで来れるとは思っていなかっただけに、感激もひとしおでした。ありがとう、クマちゃん。


そして十和田湖。

「十和田湖といえば、マスの養殖の話を小学校の教科書で読んだような・・・」
「ああ、和井内貞行でしょう」

さすが秋田出身のクマちゃん。すらすらと答えが出てきます。
クマちゃんの解説は続きます。

 「陸奥湾と十和田湖の形は相似形なんですよ」

相似形・・・どれどれ・・・?

陸奥湾(青森県章)Photo_2

十和田湖(衛星写真)Photo_3

なるほど~

「遊覧船はあの二つの岬を巡るので、ここからは見えない岬の裏側が見られるんですよ」

なるほど~

ところで、クマちゃん。
旅に出たらどうしても欠かせないものがあるんですけど・・・

≪つづく≫

 

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2014.07.07

青い森への旅日記11 再会と出会いの青森亭

6月14日(土)午後5時30分。

民家風の建物の中の、ラーメン屋さんの奥隣りの扉には「陽水ナイト」のポスター。

Photo_3

のれんをくぐって店に入ると、やっぱりいました、成りきり陽水さん!

Photo_4

カウンターには井上陽水のアルバムコレクションがずらり。CDではない。すべてLPレコード。聞けば、成りきりさんのお兄様の貴重なコレクションだとか。
テーブルの上には井上陽水の歌詞カードが何冊も積んである。分厚い陽水全曲集もある。

今宵の青森亭は「陽水ナイト」。
井上陽水の曲を出演者が思い思いに歌い、最後には全員で”夢の中へ”を「斉唱」するという青森亭恒例のイベントの夜なのだ。

6時を過ぎると常連さんが次々現れた。
さっそく陽水談義で盛り上がるのかと思いきや・・・


青森亭陽水ナイト第0部~アニソン・ナイト

誰が最初に歌い出したかは定かではないが、ダイスケ君のギターで次から次へとアニソン大合唱。アニソンの力は絶大だ。その時代、その番組を共有する者達をあっという間に結び付けてしまう強力な接着剤、起爆剤的効果がある。

アニソン大合唱で場が和んだところで


青森亭陽水ナイト第一部~ゲストカーニバル

実は青森亭初出演というダイスケ君に続いて、東京からお邪魔した3人が歌わせていただいた。

関東3人組の今宵のメインテーマは何と言っても今回の青森ツアーの動機であり目的である”浦安エレジー”。3人それぞれの思いをステージで熱く語って、3人が3人とも、シュンメイさんの詞にそれぞれが曲をつけた”浦安エレジー”を歌う。

青森亭の方々は「なんだ、なんだ? この人たちの今夜の課題曲は浦安の歌なのか??」と、はてなマークを浮かべてらっしゃったかもしれない。

そこに登場したのがシュンメイさん。
落ち着いた声で浦安エレジーのいきさつを語ってくださる。そして、キーボードのクマちゃんとエレキギターのYTさんと3人で、シュンメイさんオリジナルの”浦安エレジー”が始まった。

客席で聞くうちに胸が熱くなる。
クマちゃん達念願の青森ツアーが実現できて本当によかった!
3人の共演を聞けてほんとうによかった!

そして、シュンメイさんのこんな一言を思い出した。

「僕の浦安エレジーは、いろんな人に入ってもらえるようにシンプルなコード進行にしたんです」

“浦安エレジー”にみんなで曲をつけようというムーブメントは、シュンメイさんのこういう懐の深さから自然と生まれたのかもしれない。
しみじみと心の通い合う演奏だった。


青森亭陽水ナイト第二部~陽水ナイト

東京、瑞江のライブハウス、HOTコロッケの名物イベントに「さだナイト」というのがあった。
その名の通り、さだまさしの曲だけを歌うイベントなのだが、1.MCは長く、2.曲がかぶってはいけない、という二つの愉快なルールが課せられる人気イベントで、私もさだまさしの曲を一つずつ覚えては何度か参加させてもらった。

「さだナイト」や「ビートルズセッション」というイベントにはアニソンライブに相通じる独特の一体感と盛り上がりがある。
青森亭の陽水ナイトはどんなふうに盛り上がるのだろうか? 実はひそかに楽しみにしていた。

芝居小屋のような趣きのステージに当てられるまあるい照明の輪の中に、用水路さん、せんせい、シュンメイさんと次々登場しては、陽水の曲の思い出、ギターへのこだわりなどを思い思いに語り、歌う。
最後の成りきり陽水さんことTom.S.さんならではの選曲の演奏が終わると、みんなでステージに上がって

 夢の中へ 夢の中へ♪
 行ってみたいと思いませんか♪

青森亭陽水ナイト恒例の”夢の中へ”を盛大に斉唱して第二部は賑々しく終了。


青森亭陽水ナイト第三部~セッション

自分の出番の中で、ただ一つだけ知っている陽水さんの曲、”Fun”を歌ってみた私。陽水ファンしか知らないであろうこの歌を一緒に口ずんでくださる声が聞こえた時は、さすが陽水ナイト!と嬉しくなった。

セッションタイムに入ると、テーブルの歌集をめくっては曲が決まり、ギターにボーカル、キーボードと、いろいろな組み合わせで陽水ナンバーが続く。

懐かしい曲を聞いているうちに、あの歌が聞きたいとふと思った。

もう何年も前のこと。チビッコ相撲大会というイベントのアトラクションで歌わせていただいたことがある。
勝ち抜き戦の相撲大会。体育館前広場には数組のミュージシャンや大道芸人がスタンバイ。初戦で負けてしまった子供達をおもてなしするという趣向だった。
おばさん二人のユニットでサンバを演奏していた私達のところに、ブラジルの大きな太鼓に興味津々の子供たちが寄ってきた。
しかし、私達が歌うのはポルトガル語のサンバばっかり。

「知ってる歌、やってよ!」とクレーム続出。

知ってる歌って・・・みんなはどんな歌が好きなの?という問いかけに出てきたのは、二人のおばさんにはチンプンカンプンのテレビアニメの歌ばかり・・・

すると、一人の男の子がこう言った。

「もっといい歌があるよ!」

え? いい歌? どんな歌?

「少年時代!」

そして、子供たちは歌い出したのだ。

 なーつが すーぎー、 かぜあざみー♪
 だーれの たそがれに さまようー♪

「もっといい歌があるよ!」男の子の一言は、今も耳に残っている。

あの少年時代を聞きたいなあ。
そんな気まぐれなリクエストにも応えていただけた。


夜も更けて陽水ナイトはお開きに。
皆さんとの名残を惜しみつつご挨拶をして青森亭を後にした。

お隣のラーメン屋さんに寄って夜食にいただいたシジミラーメンでほっとひと息。

音楽をやっていればこその仲間との再会。そして新たな出会いに感謝しつつホテルへ帰ったのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・
青森亭さんのブログからお写真をお借りしました。店長さんが撮ってくださった写真満載の楽しいライブレポです。ありがとうございます。

浦安エレジーはTedさん撮影です。ありがとうございます。

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2014.07.06

青い森への旅日記10 夢のサマー・デイ・ドライブ

あなた任せの土曜の午後のドライブは続く。

眺めのよい橋の上で見えそうでなかなか見えない岩木山を探し、不思議な温泉沼の畔に立ち、「まんじゅうふかしに寄りましょう」と案内していただいた木のベンチに腰をおろして、ベンチ下の地面から吹き出す温泉の蒸気で「自前のおまんじゅう」を温め・・・

助手席の名ガイド、シュンメイさんの案内を得て、クマちゃん運転の車で八甲田界隈をすいすいと見物して回り、青森市内のホテルにチェックインしたのは5時ごろだった。

缶ビールを片手に男子会を行うべくエレベーターに乗り込む3人の男子達と別れて自分の部屋に落ち着いた私は、ぼんやりと窓の外を眺める。

午後の数時間のドライブが夢の中の出来事のように感じられてならない。
八甲田のあの深い森まで本当に行ってきたのだろうか? お昼からのたったの数時間で?

運転ができない私が自力でこの日のルートをたどろうとすると・・・

青森駅から山の母さんの店まではJRバスで60分。城ヶ倉大橋下車徒歩15分。再びバスに乗って約10分、酸ヶ湯温泉下車。まんじゅうふかしでひと休み。そこから20.8kmを6時間歩いて八甲田雪中行軍記念碑の前に立ち、そこからさらに9.9km、徒歩3時間で青森駅へと戻る、という行程になる。
一日かけてようやくたどれるかどうか・・・
実際にはバスと徒歩でなんとか山の母さんの店まで行って、山菜天ぷら蕎麦を食べて、またバスに乗って帰ってくるのが精いっぱいだったろう。

午後の数時間で青森市内から青く深い森まで行って、夕方の5時には市内のホテルの部屋にいる・・・時間と距離の感覚が少々混乱した「時間酔い」に意識がぼんやり。

この「時間酔い」を招いたのには私の錯覚もあった。
東京に暮らす私の日常には山も森もない。我が家からいちばん近い山、高尾山に行くには2時間ほど電車に乗って、そこからケーブルカーやらロープウェイ、あるいは徒歩で山頂に行く。
山は遠い。一日がかりで登りに行くところだという固定観念があった。

青森市内からは山々が、森が、見えるのだろう。それほどに青い森は街のすぐ近くに広がっているのだろう。

そういえば、ホテルから海まで歩いてすぐだとシュンメイさんが教えてくれたっけ。
男子会が盛り上がっている間に海を見てこよう。
ホテルを出て大通りをまっすぐ右へ。交差点を二つ渡ってさらにまっすぐ進むと、数分で海辺の公園に着いた。
海に向かって大きく背伸びして、今宵の課題曲「浦安エレジー」をおさらいして、大通りを歩いて帰るころには、不思議な時間酔い症状も落ち着いてきた。

すでにロビーに集合していた男子3人と合流するとホテルを出発。
夜の舞台、青森亭までは歩いてほんの2、3分だった。


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2014.07.04

青い森への旅日記9 青い森

車は山道をさらに奥へと進んでいく。

深い深い森へ。
圧倒的な緑の群れへ。
人間の侵入を拒む森林世界のほとりへ。

「いちいちニュースにはならないんですけどね。茸や山菜を取りにこの森に入って遭難する人が毎年何人もいるんですよ。」というシュンメイさんの解説に森の深さと怖さを推し量る。

晴れたり、曇ったり、霧がかかったりするたびに、様々な緑になって私達の前に現れる深い森。
木々の間を分け入って深い森に抱かれてみたい・・・そんな誘惑を抱かせる神秘の森。。

ああ・・・青い森とはこのことだったのか・・・

青森に行こうと決めた時、ふと思った。

青森という地名に、どことなく取ってつけたような印象を持ってしまうのはなぜだろう・・・?

青森県庁のサイトにはこう書いてある。

・・・・・・・・・・・・・・・
Q1 青森の地名の由来は何ですか。
A1 その名のとおり、”青い森”があったからと言われています。青森という地名は、江戸時代前期の1624(寛永元年)年、弘前(ひろさき)藩が現在の青森市に港町の建設を始めたときに名付けたものです。当時、現在の青森市本町附近に青い森があり、港に入る船の目印になっていたと言われています(残念ながら、今は残っていません)。
・・・・・・・・・・・・・・・
「そこに青い森があったから青森と名付けました」。
単純明快な青森の由来に拍子抜けしてしまう。
街の発展で消えてしまった森が、青森市の、青森県の名前の由来になったという解説はどこか腑に落ちなかったのだが・・・

原生林の深い森を目の当たりにした時、「そうだったのか!」と胸の内で叫んでいた。

青い森とは、この森のことだっだんだ。

青森の人々は、背後の山に深い森があることを身に染みて知っているだろう。
自然の恵み豊かな青い森。
しかし、不用意に侵入すれば人を捕えて帰さない深い森。

そうだ。ここは、青い森の国なんだ。

豊かな森また森の眺めに感激するうちに、八甲田山雪中行軍記念碑に到着。

記念碑の前に立つ。
明治35年1月、「上陸したロシア軍を迎え撃つ」という想定の下で行われた雪中行軍訓練。210名の隊員のうち実に197名が凍死したという遭難事故を描いた映画、「八甲田山」の終盤の映像が脳裏に蘇る。
猛吹雪の中、道を失い、部隊の指揮系統は破たん。衰弱と飢えと凍傷に苦しみながら死に至る隊員たちの悲惨な最期をリアルに描いていた。

雪山の十分な備えのないまま、210名の隊員を豪雪の八甲田へ向かわせる軍隊とは。
遭難死した者たちは望んで雪山に入った探検家ではない。命令で雪山を歩かされた兵隊達だ。

平和で穏やかな季節にここに佇む私には、狂気としか思えない。

ふたたび森のほとりを巡る車に揺られながら思いを巡らせた。

深い深い森。
深い深い雪。
圧倒的に豊かなで圧倒的に過酷な環境の中で、ここの人々は暮らしている・・・

遠い国に来たのだなあ・・・と初めて思った。

とにかく、今は、目の前に広がる青い森の底知れぬ緑を見られるだけ見ておこう。

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2014.07.01

青い森への旅日記8 山の母さんの店

6月14日、土曜日、正午。

温泉の匂いいっぱいのクマちゃんの車に乗りこむ。
運転はクマちゃん、助手席にシュンメイさん、後ろにはYTさんと私。
三内丸山遺跡の興奮冷めやらぬ3人と合流して、さて、これからどこに行くんだっけ・・・?
ここから先、私は地図を見ることはない。あなた任せの旅が始まる。

「どこかで昼にする?」
「いや、店に行っちゃった方がいいよ」

「店」というのは、YTさんのお知り合いが山の上でやっている野菜の直売所らしい。

「その店のあたりで昼食が取れるところはある?」
「なんか旨い店があると書いてあった。とにかく行こう!」

市内を抜け出した車は山の方へと向かっていく。最初は緩やかだった道は、しだいしだいに急こう配になり、行き交う車が少なくなる。

こんな人通りというか、車通りの少ない山の中に本当にお店があるのかしら・・・?
あなた任せの私がちょっぴり心配し始めたころ、

「あった、あった、あそこだ! 山の母さんの店!」

山の母さんの店は、高冷地野菜を栽培するご家族が収穫した野菜や加工品を販売する直売所。気温の低い高地で栽培した野菜は甘味が増して美味しくなるのだそうな。春から秋だけ開く直売所。深い雪に閉ざされる冬の間はお休みだそうな。

野菜や漬物類が並ぶ店内に入ると、田舎のおばちゃんのお家に遊びにきたような、どこか懐かしい匂いがする。「こんな人通りの少ないところで・・・」などというのは私の要らぬ心配だったようで、このお店の新鮮野菜を求めるお客さんが来店していた。

小さな店内をひとめぐり。
トマト、キュウリ、レタス・・・どれも新鮮。そのままバリバリかじりたくなる。
試食させていただいたお漬物も美味しかった。

一人で留守番をしている母に何かお土産に買っていきたい。けれど、歯がない母は新鮮野菜も漬物も苦手なのだった。

旅の思い出話と共にお土産にできるものは何かないかなあ・・・

商品の棚をさらにじっくり見ていくと、幅30センチほどの籠の中に布製のかわいいお地蔵さまがたくさん入っているのが目についた。
真っ赤なよだれかけをして、菅笠をかぶり、一つひとつ、違った柄のお着物を着たお地蔵さまは、どれも愛らしいお顔をしている。

ひと目見て、母が喜こんでくれるに違いないと確信した。
籠の中の十数体のお地蔵さまを一つ一つ取り上げてはお顔やお着物をじっくり見て、ようやく一つを選ぶと、大きなトマト1個と行者ニンニクの瓶詰と一緒に店の母さんのところへ持っていった。

Photo

「すいません、このお地蔵さまは・・・」
「それは、息子のお嫁さんのお母さんの手作りなんですよ」
「そうなんですか。かわいいお地蔵さまですね。それで、おいくらですか?」
「え!?」

びっくり仰天したお店の母さんは慌てて店の奥に入っていき、何やら相談してしている模様。

私は訳がわからない。何か不都合なことを言ってしまったのだろうか・・・?

しばらくして奥から出てきた店の母さんはおっしゃった。

「これ、売り物ではないので、差し上げます」

今度は私がびっくり仰天。
売り物ではない・・道理で値札がついてないわけだ。
それを売り物と思いこんだ私は当たり前のように「おいくらですか?」と聞いてしまったわけだ。

それでも、「差し上げます」とせっかく言ってくださるので、ありがたく頂戴することにした。

一通りお買いものも済み、YTさんと母さんの旧交も暖まると、お腹が空いていることを思い出した。

「この辺に旨いものがあるってどこかに書いてあったような気がするんだけど?」とYTさんが母さんに聞いてくれた。
「ああ、そこの蕎麦屋は美味しいですよ」
「何がいちばん旨い?」
「山菜天ぷら蕎麦ね」

お腹を空かせた4人はさっそく「そこの蕎麦屋」に移動。
テーブルに着くとさっそく「山菜天ぷら蕎麦四つ」を注文した。

待つことしばし。お店のおじいさんが運んできてくれた山菜天ぷら蕎麦に4人とも目が真ん丸・・・夢中でスマホやデジカメで写真を撮った。どんぶりからあふれんばかりの山盛りの天ぷらがのったお蕎麦。

写真撮影の後は4人ともしばし無言で天ぷら蕎麦を味わう。

店の人が自ら摘んできたに違いない山菜やキノコ、新鮮な野菜の天ぷらはご馳走だった。この日はアスパラガスの天ぷらが入っていたが、きっとその日その日の美味しい野菜を揚げているのだろう。あっさりしたお汁には煮込んだ山菜がたっぷり入っていた。

「旨かった!」
「美味しかった!」

を連発しながら山の母さんの店を後にして、再びクマちゃんの車に乗り込むと、さらに山道をのぼっていった。
もっともっと奥へ。青い森へと・・・

・・・・・・・

「そこの蕎麦屋」は何という店だったかなあ、と後で検索してみた。
「そこの蕎麦屋」は、「山のかあさんの店のそばのおそば屋さん」と言うらしい。


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2014.06.28

青い森への旅日記7 雨の青森、街歩き

青森行きが決まった時、青森といえば○○、と連想ゲームをしてみた。

青森といえば・・・りんご、にんにく、帆立貝、せんべい汁・・・連想は食べ物ばっかり・・・

青森といえば・・・津軽海峡、津軽三味線、ねぶた・・・うーん・・・

青森といえば・・・そうだ、太宰治と棟方志功。

青森出身の版画家、棟方志功。
だいぶ前に見たドキュメンタリー番組に描かれた棟方志功の姿は忘れられない。幼くして目を病んだ彼が、眼鏡をかけた目を木版に擦りつけるようにして渾身の力をこめて製作に没頭する様子は鬼気迫るものだった。

青森に行ったら彼の作品が見られるのではないかしら?

調べてみると青森市内に棟方志功記念館というのがある。夏の展示では、木版画の他に倭画(やまとえ)と彼自身が名付けた肉筆画が展示されているらしい。
彼の作品をぜひ見てみよう。

6月14日、土曜日、午前10時30分、青森駅。
改札を出たところでiPadを取り出す。

棟方志功記念館までどうやって行こう?
記念館の案内では青森駅からタクシーで10分、最寄のバス停から徒歩4分とあるが、google mapで検索すると、徒歩35分と出てきた。

よし、歩いていこう。

幸い、雨も止んでいる。
iPadの地図を見ながら駅を背にして歩き出した。

旅するたのしみの一つはタウン・ウォッチングにある。初めて訪れる街の雰囲気を感じるには歩くのがいちばん。タクシーで通ってしまうと弱視の私にはほとんど何も実感できない。
ゆっくり歩きながら、看板やお店のディスプレイや人々の会話を間近に見聞きることで、その街の雰囲気が実感できる。

こんなオブジェ付きの居酒屋さんを発見したり。

Photo

ラーメン屋の多さとコンビニの少なさから、この街の人々の消費行動の分析を試みたり。

視覚障害者用の音声信号が完備されていることに感心したり。

目に見えるもの一つ一つを面白がって歩いていると携帯が鳴った。

「ももちゃーん! そろそろ記念館に着いたかな?」
「記念館目指して歩いてまーす! さっき本町5丁目の信号を右に曲がりました。」
「ええ!!?? 歩いてるんですか!!! 雨も降ってるのに!!!」

そういえばさっきから雨が降ってた。

夜通しのドライブ→温泉→三内丸山遺跡と予定通り車を進めてきたクマちゃん達の次の予定は“ももちゃんと合流”。
一方、あくまでマイペースの”ももちゃん”はのんびりお散歩を続けるのだった。

折り畳み傘をさして、てくてく・・・

青森市にも平安閣があるのかあ・・・うん? 結婚式場にしてはずいぶん控えめなたたずまい・・・あ、フューネラルホーム・・・なるほど。

それにしても、そろそろ右手に平和公園が見えてくるはずなんだけどなあ・・・

「すいません、棟方志功記念館に行きたいんですが?」
軽自動車に荷物を積み込む年配のご夫婦らしいお二人に聞いてみた。
「棟方志功?」奥様が答える。「この先を左・・・だよね?」(「だよね?」に相当する地元の言葉でご主人に確認。)
「そこの大きな公園の先の信号を左に曲がってまっすぐですよ」
「ありがとうございます。」

どうやらgoogle mapの徒歩ルートをどこかで見失って、公園の反対側に出てきてしまったらしい。
教えていただいた通り、平和公園の先の信号を左折してしばらく行くと、NHKの隣の棟方志功記念館にたどり着いた。

雨の土曜日の記念館は静かだった。
記録映画を上映していたが、とにかく絵が見たかったので展示室へ入る。こじんまりした展示室には20点ほどの作品が飾ってある。

ほの暗い展示室をひとめぐり。

作品はすべてガラスケースの中に展示されていて、弱視の私にはほとんど見えなかった。

ちょっぴり悲しくなった。

(一枚でいいから、額縁に入れて、ガラスケースの外の壁に架けておいてくれたらいいのになあ・・・そうしたら、額縁に目を近づけて、よく見られるのに・・・)
胸の中でこっそり我儘を言ってみる。

展示室の中央にスタインウェイのピアノがあった
棟方志功が娘さんのために買ったものだという。
本物の音を聞きたい、聞かせたいという棟方さんの感性に触れたような気がした。

15分後、記念館の入り口の門のところまでクマちゃんがシュンメイさんと二人で迎えに来てくれた。

「青森まで、ようこそ」

初めてお会いするシュンメイさんと握手。
落ち着いたお人柄が感じられる握手だった。


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2014.06.24

青い森への旅日記6 27年ぶりの青森駅

6月14日、土曜日。
午前8時50分。弘前駅改札口。

「すいません、次の青森行きは何分ですか?」
「特急ですか? 普通ですか?」
「普通で行きます」
「普通ですと次は9時35分になります。」

特急だと青森まで33分、1180円。
普通だと53分、670円。

特急料金510円分でコーヒーを飲もう。

エスカレーターで1階に降りたところのミスタードーナツの前で、なぜか、「あ、クマちゃん!」と独り言。

クマちゃんたちは今ごろ青森でのんびり温泉に入っているんだろうなあ・・・

アップルパイを食べたばかりなのでミスタードーナツは通過して、サンクスへ。
そうだ、青森限定のチロルチョコがあるかもしれない。
探したら・・・あった、あった、見たことのないチロルチョコ! アップルパイチロルかしらん・・・???

Photo_3

今はやっぱりブラジルだよねえ!
Café do Brasilのチロルチョコとエクストラ・ブレンド・コーヒーを買って駅舎2階のベンチでモーニング・コーヒー・タイム。

コーヒーを飲み終わると青森行きの電車に乗り込んだ。。
東京の青梅線みたいな電車。乗り込んだ時には開いていたドアが、しばらくすると全部閉まり、その後のお客はドアの開閉ボタンを自分で押して乗ってくる。
青梅線と違うのは、乗った後に必ず「閉」ボタンを押してドアを閉めるルールが徹底していること。「開けたら閉める」がこち」らでは常識なんだ・・・と観察しているうちに電車が動きだした。
閉まったドア越しにかすかに津軽三味線が聞こえてくる。
弘前駅の発車の音楽は津軽三味線らしい。

9時35分発青森行き普通電車は、途中で特急の通過待ちで数分間ずつ2回停車。青森駅に着いたのは10時半ごろだった。

27年ぶりの青森駅。

27年前、所用で札幌に行くことになった。
飛行機が大嫌いだった私は上野から夜行寝台に乗り込んだ。

あの時も一人旅だった。
青森駅で列車を降りたら、どうやって青函連絡船に乗るのだろう?
鉄道の駅と港はだいぶ離れているのではないかしら? 連絡船の乗り場まで迷わずに行けるかなあ・・・
不安そうにしていた私に、青森にお住まいだというお隣の寝台の女性が「連絡船乗り場まで連れていってあげますよ」と言ってくださった。どんなに安心したことか。
ところが、ホームに降り立った瞬間、彼女は叫んだ。
「あ! スリッパを履いてる! 私、靴を取りに戻ります。このまままっすぐ行くと連絡船乗り場になりますから迷うことはないですよ。気をつけて行ってらっしゃい!」
彼女の言う通り、他のお客と一緒にホームの先をまっすぐ進むと大きな大きな連絡船が待っていた。
鉄道の駅と港がつながっているのには驚いた。あのころデジカメを持っていたら絶対に写真を撮っていただろう。

最初で最後の青函連絡船の旅。その年いっぱいで廃止になった連絡船で。
雪がちらつく初冬の青森駅で夜行列車から連絡船に乗り込むと、まさに「津軽海峡冬景色」の世界だった。

あれから27年か。
すっかり今風の駅舎になった青森駅の改札口を出ると、正面に巨大な傘のようなオブジェが見える。

Photo_4

あれはいったい何だろう? 
青森にいる間に正体を突き止めねば。


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