2015.06.15

雑司が谷の風に吹かれて


梅雨の晴れ間の土曜日の
田無まで歩け、歩け。
その翌朝は雨降りで。
どこにも出かけず、大人しく過ごす日曜日。

朝ご飯は、納豆ご飯に豆腐とワカメの味噌汁。もずく酢。半熟卵。
昼ご飯は、豆乳寒天と、レトルトの甘い甘い煮豆。
晩ご飯は、買い置きの生協のハンバーグに作り置きのおかず少々。そして、青森県産のとっても美味しいインスタントのしじみの味噌汁。

晩ご飯を終わってみれば、
こころもとない冷蔵庫の中身。
雨も上がったし、涼しくなったし、
母と娘は散歩がてらの買い物。

おばあちゃんとおばさんの
二人暮らしのはずなのに、
いっぱいに詰め込んだはずの冷蔵庫が、
2、3日ですかすか。
猫缶をみるみる空っぽにしてしまう
太っちょ猫の「まんぞくさん」たら、
「ねこあつめ」ゲームの中だけでは満足できずに
我が家にも出張してきてるんではなかろうか?

都電の線路際の小さな生協にて、
母が毎朝1個すりおろして食べるりんごやら、
朝食に欠かせないもずく酢やら納豆やら、
明日のおかず用の鶏レバーやら、
何かと重宝な玉ねぎやら人参やらかぼちゃやら、
寒天&ゼリー用の豆乳やら野菜ジュースやら。

リュックいっぱい買い込んで1700円分の食糧が、
2、3日もすると消えてなくなる。
我が家の「まんぞくさん」親子は本当によく食べる。

お買い物のあとは、
お気に入りのお休み処の水車小屋でひと休み。
大鳥神社の杜の向こうの
高層ビルの夜景を眺めながら、
黙って夜風に吹かれる母と娘。

今はめったに車が通らないこの道も、
都電沿いに車道が通って、
その地下をバイパス道路が通れば、
線路沿いの水車小屋のお休み処で
のんびり夕涼みなどしていられなくなるだろう。

昭和が残る雑司が谷の街が
少しずつ確実に都会になっていく切なさを感じつつ、
がたん、ごとんと通り過ぎる都電を見送り、
ごっとん、ごっとんと回る水車を眺める。

そろそろ帰ろうか。
食糧を詰め込んだリュックを背負って、
えっちらおっちら、夜道をたどる
梅雨の晴れ間の日曜の夜。

夜風が思いのほか気持ちよかった。

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2015.06.13

時計屋にて

朝、目が覚めたら
必ず真っ先に目を近づけて見る
手首にはめた腕時計。

その腕時計の針が
あり得ない時刻を指したまま
止まっていた。

これは困った。
片時も、寝る時でさえも、
腕時計を外せない
弱視の私。

少しでも早く電池を交換しなければ。

午前中、早稲田の街へ。
用事を済ませて家に帰る道すがら。
小さな時計屋さんを見つけた。

ガラス扉に

「電池交換うけたまわります」

と、張り紙がある。

池袋の量販店まで行かずとも
ここで電池交換してもらえるならば、ありがたい。

ガラスの扉を押して中に入ると、
薄明るいお店の奥には
店主とおぼしき初老の男性が一人。

「電池交換をお願いしたいのですが」
「はい。」

年季の入ったショーケース越しに腕時計を受け取ると、
店主は作業台に向かい、
黙々と仕事にかかる。

白いレースのカバーをかけたソファ。
てんてんばらばらの時刻を指す二十あまりの掛け時計。
飴色の文字盤のローマ数字の柱時計。
テレビもラジオも聞こえない。
ひっそり静まり返った店内。

こんなにたくさん時計があるのに
時が止まってしまったような店の中。
けれども、この店は、
時の流れに取り残されているわけではなかった。
黙々と作業する店主の背中を眺めながら待つ間に、
ガラスの扉が開いて、
一人、また一人と、お客が入ってくる。

「電池交換お願いします」
「はい。」

淡々と繰り返されるやりとり。
黙々と作業を続ける店主。

大隈講堂にほど近いその店は、
早稲田界隈の人々の腕時計の電池をまかなう
心強くも重宝な時計屋さんだった。

「1000円いただきます」

再び動き始めた愛用の腕時計と一緒に渡されたのは
ピンク色「電池交換サービスカード」。

5回分のスタンプを集めて、
6回目の電池交換を無料サービスでお願いする日まで
我が愛用の腕時計は達者で動いてくれるだろうか。
この小さな時計屋さんは続いていてくれるだろうか。。

扉を開けて外に出ると、
薄日さす昼下がり。
学生達の声が飛び交う道を
都電早稲田駅目指して歩き始めた。

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2015.05.31

かじる女

かじる女


朝日が差し込む台所で
人参を手にする
女、ひとり。

マメな主婦なら
まず、皮をむく。
ずぼらな女は
人参の皮を
むいたことがない。
たわしで洗って
ザクザク切って
鍋に放り込む。

そして、
まな板に残った人参のヘタを
三本指でつまみあげて
かじる。

女の口の中で
コリコリと音を立てて
粉々に砕かれる
人参のヘタ。
にんまりと緩む女の頬。

人参は捨てるところがない、
というのが
女の持論。

6時のニュースを背中で聞きながら
台所に立つ女、ひとり。

夕食の支度のさなか、
青々と茹で上がったブロッコリーを
ザルにあけ、
薄緑色の茎をつまんで
かじる。

マメな主婦なら
皮をむいてピクルスにでもするであろう
ブロッコリーの茎を
ずぼらな女は
手でつまんで、
かじる。

硬い皮に歯を立てれば
じんわりと口に広がるほのかな甘味。
にんまりと緩む女の頬。

女の家の者達は
ブロッコリーの茎を
見たことがない。
食べたことがない。

夜更けの台所。
ぽつんと光る明かりの下に
女、ひとり。

鍋の蓋を取ると、
鍋底の出汁昆布を箸で持ち上げ、
幅広の昆布を
かじる。

ずぼらな女は出汁を取らない。
ポキポキ折って並べた出汁昆布の上に、
大根の輪切りを並べ、
水を入れて、煮る。
箸で切れるほどに柔らかく煮えた大根に
ごまだれだの、みそだれだのをかければ
立派なおかず。

そして、夜更けの台所。
空になった鍋底の出汁昆布を
箸でつまみあげて、
かじる。

マメな主婦ならば
佃煮にでもするであろう出汁昆布を
ずぼらな女は
そのまま
かじる。

幅広の昆布に歯を立てて
ゆっくりと噛み切る。
じんわりと広がる昆布のうま味。
にんまりと緩む女の頬。

寝静まった家に
一つだけ灯した台所の明かりの下で
今夜も、女は
昆布を
かじる。

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