2017.11.10

スーパー・ハッピー・カレーライス

サンバが唄いたくて、40歳でギターを手にして
弾けないギターと悪戦苦闘を始めて
3年目ぐらいだったろうか。

毎月遊びに行っていた“カレー・パーティ―”で
とびきり美味しいカレーを作ってくれる
バングラデシュ人のおじさん、ワドゥさんに、

「このカレーにはどんなスパイスが入っているの?」
と、聞いてみた。

「オイルでしょ。オニオンでしょ。
ソルトでしょ。ペッパーでしょ。
ガーリック、ジンジャー、クミンシード・・・」

と、ブツブツ言いながら
ワドゥさんが書いてくれたスパイスの英語のメモ。
そのメモを何度も読んでいるうちに
いつしかメロディを付けて歌ってた・・・

ハッピー・カレーライスはこうしてできた歌です。
ギターを手にして初めて作った曲、というとかっこいいが、
ギターの伴奏をつけるところは私の手には負えず、
サンバの師匠の前で出来たてほやほやの歌を歌って
師匠にギターの弾き方を教わったのだった。

ビギナーズラックというか、まぐれ当たりというか。
どこで歌っても、“ハッピー・カレーライス”は大好評。
ワドゥさん主催のカレー・パーティ―はもちろん
あちらこちらのライブやお祭り、
イベントなどで歌わせていただいた。

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伴奏をしてくれるような素敵なギタリストさんと
出会うチャンスが訪れなかったので、
歌う時はもれなくギターを弾いて歌うのだけれど、
一度だけ、この歌をギターを弾かずに歌ったことがある。

2006年1月。
仕事で訪れたバングラデシュはダッカにて。
「Momokoはミュージシャンなんだって?
 今夜のパーティーでバンドと一緒に
 何か1曲、歌ってよ!」
とバングラデシュ人スタッフに促されるままに、
ハッピー・カレーライスの故郷とも言える
バングラデシュはダッカのホテルのパーティーで
バングラデシュ人バンドの真ん中で
ギターの代わりにマイクを持って歌った
ぶっつけ本番の“ハッピー・カレーライス”!

スリリングでエキサイティングな出番を
時々懐かしく思い出しながらも
「ギターを弾かずにこの歌を歌うのは
あの時が最初で最後だな」
と思っていた。

ところが・・・
この歌を歌い始めて18年目の夏。

「今度のライブで、
ももこさんのハッピー・カレーライスをやりませんか?」

2年前から時々一緒にライブをする3人組、
スーパースリーのリーダー、Tedさんからのご提案。

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しかも、Tedさんご自身のピアノアレンジに加えて、
シンセ担当のRay♪さん用のストリングスのアレンジも
考えてくださると言う。

「ももこさんはシェーカーを振って歌ってください」

シェーカーを振ってって・・・
え? ギター、弾かないの???

なにしろ、自分でギターを弾いて、
勝手気ままに歌って18年の曲である。
ギターを弾かずに、3人で呼吸を合わせて、
そして、愉快に歌えるだろうか・・・

楽しみ半分、不安半分で臨んだリハ。
Tedさんのピアノのバッキングに、
思わず身体がほころんだ。

二拍子してる♪

様々なジャンルの音楽の特徴を分析しては
自分の音楽スタイルに取り込んできたTedさん。
ボサノバやサンバのリズムもじっくり分析されたらしい。
思わず足が動く、身体が動く
二拍子のバッキングには感激してしまった。

そこにRay♪さんのキーボードとコーラスが入る。
いつもの弾き語りとはひと味違う“ハッピー”を感じながら
シェーカーを振って歌う私がいた。

そして、ライブ当日。
Tedさんのグランドピアノのバッキングと、
Ray♪さんのストリングスパートとコーラスに乗って、
シェーカーを振り振り、ノリノリで歌うMomoko。

最後の「ラララ~」を3人でコーラスしながら、
一人じゃないって素敵なことね♪
と、感激を噛みしめる・・・

そして・・・今回は「最初で最後」ではない予感がします・・・
ギターを置いて
シェーカーを振って歌う
“ハッピー・カレーライス” スーパースリー・バージョン♪


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2017.10.29

秋晴れの朝にさくらを歌う

10月の第4木曜日、午前11時。
十条はミュージカンテAMANEさんでの朝の歌会に参加。

遅刻確信犯のMomokoがお店に入るとお茶とお菓子の時間。
今日はなんと、歌会の常連さんのムッシューから
ご自分の畑で採れたみかんと柿の差し入れが。
なんと素敵な秋便り。

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さて、後半が始まれば、
本日は参加者が希望曲を唄えるリクエストの日らしい。

憧れのハワイ航路、北上夜曲、冬が来る前に・・・
そして、お馴染みの「青い山脈」と来たところで、
ピアノの前のアマネさんが、
やおらムッシューの人数を数えては
「今日は4人ですね!」とおっしゃる。

ムッシューが4人・・・それが何か・・・?

腑に落ちないMomokoにはお構いなく、
さっさと始まる「青い山脈」
何しろ、今日も歌会は満員御礼。
進行もトントン拍子。

あらら!?
1番を歌ってらっしゃるのはムッシューだけ!?
そして2番はマダム達・・・

「ほら、歌詞が青いところと赤いところがあるでしょ?」

と、マダムが教えてくださった。
私には青春賛歌的コーラス曲というイメージのこの歌が、
デュエットソングだったのか???

手元のiPadで調べたら、
オリジナルは藤山一郎と奈良光枝の
お二人が唄われたのだそうな。

いやいやいや~参加するたびに学びと発見がある
朝の歌会ではある。

と感心している間にもトントントンと曲は進み、
リクエストの順番が回ってきた。
ここで人知れず気を遣う。
何しろ満員御礼。
しかも、Momokoのお隣りには渋い曲好みのO氏。
そして、「北極難曲」を繰り出すムッシューもいらっしゃる。

埼京線に乗りながら、
今日がリクエストの日だったら
「パッパラパーの歌」を
歌いたいと思っていたのだけれど・・・

ここは超定番曲にした方がスムーズだろう。
それに、いつものマダム達の女声コーラスに加えて
今日はムッシューたちの男声コーラスも聞けるのだ。
と、瞬時に方向転換して、
唱歌「紅葉」をリクエスト。
おとなりのムッシューが朗々と歌い始めると、
もう一人のムッシューがつける
輪唱風のコーラスが心地よい。

その後、二人のムッシューの「北極難曲」を
何とかかんとか乗り越えると、
アマネさんの新「課題曲」の譜面が配られる。

「サクラ〜卒業できなかった君へ〜」

どこかで聞いたことあるような・・・ないような・・・
歌っているのは半崎美子・・・知らない名前・・・
帰宅後、調べて納得。

半崎美子。ショッピングモールの歌姫だ。
彼女の話はラジオで何度か聞いた。
CDリリースは2017年9月。
まさに「今」の曲であるこの歌を
マダム&ムッシュー達と思い切りコーラスしたら
ちょっと嬉しいことかもしれない。

次に朝の歌会に気まぐれ参加する秋の朝の歌会では、
マダム&ムッシューたちと「さくら」を熱唱できるよう、
自主練に励んでみようとこっそり誓った
秋晴れの木曜日の朝ではありました。

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2017.10.24

15年前のハッピー・カレーライス

8月のある日。
携帯電話が鳴った。
画面に出た発信者名は

ハンガーフリーワールド。
飢餓・貧困の無い世界を目指して途上国支援をする国際協力NGO団体。

携帯の画面にその名が出るのだから、
お付き合いのある団体なのだが、
実はもう何年もご無沙汰で、
びっくり仰天して電話に出る。

「Momokoさんでいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが・・・」
「お久しぶりです。ハンガーフリーワールド事務局です。」
「すっかりご無沙汰しております・・・」
「実は、事務所の整理をしておりましたら、
Momokoさんのカレーの歌のカセットテープが出てきまして・・・」
「ああ、カセットテープ!」
「数本、残っているのですが、
 カセットはもう販売は難しいと思いまして・・・」
「それはそうですね。では引き取りに伺います」

15年前に作った「ハッピー・カレーライス」のカセットテープ。
1本500円で販売して、
売上をハンガーフリーワールドに寄付させていただいた、寄付金付きカセットテープ。

たしか200本製作して、そのほとんどを
「寄付だと思って」心優しい皆様にお買い上げいただいたカセットテープ、
私の手元には一本も残っていないそのカセットを
数年ぶりに訪れるハンガーフリーワールドの事務所で受け取ってきた。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

15年前の夏。
サンバの師匠の事務所で、
姉弟子の4トラックカセットテープの録音機で、
テンポもリズムもキープできないMomokoのために、
まず師匠がシェーカーを振って録音し、
そのシェーカーをメトロノームとして聞きながら
Momokoのギターを録音し、
自分のギターを聞きながら歌を撮るという段取りで
完成させたカセットテープ。

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ハンガーフリーワールドから引き取ってきたカセットを
我が家のラジカセに入れて、恐る恐る聞いてみる。
15年前の我が弾き語りに、
恥ずかしさと懐かしさがこみ上げる。

いくら「寄付だと思って」と言ったって、
この拙い弾き語りカセットを
500円と引き換えにお持ち帰りくださった方々の
善意と優しさと応援のお気持ち。
ありがたいやら、申し訳ないやら・・・

付録の歌詞カードの裏面には、
このカセットテープを作った趣旨が書いてある。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 美味しいものは大好き、だけどお料理は大の苦手、そんなわたしが、ひょんなことからレストランでアルバイトをしたことがありました。朝、キッチンに入ると、先に来ているワドゥさんが大きな鍋にカレーを作っているところ。ワドゥさんの作るカレーはランチの人気メニューでした。
 そのカレーがあまり美味しいので、「スパイスは何を使っているの?」と質問したら、ワドゥさんが書いてくれたスパイスのメモ書き。「ハッピー・カレーライス」はそのメモからできあがった歌です。
 そのレストランで毎月開かれるカレー・パーティというイベントがあります。お店で毎日カレーを作ってるワドゥさんと、ふだんは学校の先生をしているアニスルさんというバングラディシュ出身のお二人が工夫を凝らして作ってくれるカレーはそれはそれは美味しく、「きょうのカレーは何カレーかな?」と毎回わくわくして参加しています。
 美味しいカレーに舌づつみ。バングラディシュについてのお話に耳を傾け、参加者どうしお喋りに花咲くパーティ。その参加費はバングラディシュの人々の自立を支援する活動に使われています。
 食いしん坊のわたしは思うんです。
 ひとはだれでも、美味しいものを食べておなかがいっぱいになると笑顔になる。家族や友人と楽しく食卓を囲む・・・その当たり前の幸せを世界じゅうの人に感じてほしい。カレー・パーティに出るたびに感じるそんな思いを、わたしなりの方法で形にしたのがこのカセットテープ。収益は、パーティを主催している団体、ハンガーフリーワールドに寄付させていただきます。
 ぜひ皆さんもカレーパーティに遊びに来てみてください。本当に美味しいカレーに心が動かされますよ。そして、よろしかったら、一緒に歌いましょう。「ハッピー・カレーライス」

2002年8月
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イラストを描いてくれたのは当時のサンバ仲間。
Momokoの後ろで踊るのは、
コック姿のワドゥさんとネクタイ姿のアニスルさん。
バングラデシュ・カレーの達人のお二人。

「お腹いっぱい、美味しいカレーが食べられるように
 “ハッピー・カレーライス”を歌って
 バングラデシュの人達を応援したい!」

そんなMomokoのあまりにも単純で突飛な発想を
サンバの師匠が、音楽仲間が、
カレー・パーティの参加者の皆さんが、
そして、一期一会の出会いでカセットを買ってくださった
大勢の方々が応援してくださった。

こんなことができてしまったのは、
多くの皆さんの応援のおかげ。

それから・・・もしかしたら・・・
“ハッピー・カレーライス”が、
サンバ、大好きなMomokoの音楽人生で
まぐれ当り的に生まれた人気曲だったから・・・かもしれない。

今もあちらこちらで歌っている“ハッピー・カレーライス”は
皆さんに喜んでいただけるMomokoの看板曲。

この歌をうたうMomokoはいつも笑顔全開。
そして、この歌をうたうと、
美味しいご飯が食べたくなるのです。

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2017.08.29

あのころ、今も、思い出す・・・

70年代。
テレビに流れた「愛のスカイライン」のCM。
森の中の一本道を走り抜ける車に
胸ときめかせた10代の弱視の私。
ドライブなんて、私には一生かなわぬ夢と、
ただ見つめていた「愛のスカイライン」・・・

8月最後の日曜の夜、
国立はっぽんの音星ナイトにて
Tedさんのオリジナル曲、「錆びたガードレール」を唄いながら
10代のころに見たテレビCMが瞼に浮かんだ。
弱視の私と車の世界を繋ぐ、ひとすじの「愛のスカイライン」・・・

3年前の夏、車にはとんと縁のない私が、
この曲を一度聞いたとたんに
惚れ込んでしまったのはなぜ?

それは、この歌に込められた青春の日々のリアリティー。

実際、あちらこちらで歌わせていただくたびに、
「情景が目に浮かびました」という感想をいただく。

10代、20代を生きた日々に
目で、耳で、肌で感じた
同世代の若者達が抱く車へのロマン、情熱、憧れ。

もっと速く、もっとカッコよく、もっと遠くへ・・・
それぞれのスタイルで車に熱を上げる若者達。
ひたすらに走り抜けたあとは、
夜更けのデニーズで語り明かす・・・

走り方は人それぞれだったろう。
皆が皆、ドリフトに明け暮れたわけではないだろうけれど、
聞いてくださる方々は、それぞれに
「あのころ、今も、思い出す・・・」

昨日読んだ新聞のコラム。

「夏のバカンスにはロングドライブ。できれば助手席には恋人を乗せて――中年世代が若い頃に抱いていたような夢は、今ではリアリティーを失いつつあるのかもしれない」
(2017年8月25日、読売新聞編集手帳)

今どきの若者は車にさほど関心がないのだと言う。
自動車教習所は生徒獲得にあの手この手で必死なのだとか。

彼らが熟年世代を迎える時に、
リアリティーを持って共感し合う「あの頃」。
どうやらそこには車やドライブは登場しないようだ。

70年代、80年代の青春を駆け抜けた私達が
「あの頃」をリアリティーを持って胸中に蘇らせる、
そんな時間旅行を体験させてくれる歌、
それが、「錆びたガードレール」。


錆びたガードレール(2017年5月21日 音星ナイト@国立はっぽん)

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2017.08.17

夏が来ると思い出す~「夏祭り」

8月の3回目の木曜日。
久しぶりにうっすらと日がさしてきたので、
久しぶりに十条はミュージカンテAMANEさんの
朝の歌会に行ってみた。

今日もまた遅刻確信犯。
お店の前に来ると、虫の声が聞こえてきた・・・

♪あれマツムシが鳴いている
♪ちんちろちんちろちんちろりん
♪あれ鈴虫も鳴きだした
♪りんりん りんりん りぃんりん・・・

マダム達の素敵なコーラスに聞き入っていると
ピアノ伴奏中のあまねさんが
「どうぞ!」と声をかけてくださるので
中に入って、2番からご一緒させていただく。

お茶の時間のあとは、新曲の時間。
童謡唱歌や昭和歌謡だけではなく
いまどきの歌も取り上げる朝の歌会。
今日のお題は何だろう?
配られた譜面はこちら。

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ジッタリン・ジンの「夏祭り」?
知らないなあ・・・

弱視の私は、右手にルーペ、左手にプリントを持って
譜面の解読にとりかかる。

ありゃりゃ~♭が4個もある!
一瞬、ビビる。

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そうだ。こんな時こそ、
中学3年生の時の音楽の授業を役立てねば。

中3の一年間を教えていただいた音楽の先生は、
なかなか実用的な授業をしてくださった。

ドレミファソラシドという音階と、
ハ長調やイ短調という言い方しか知らなかった私は、
この先生の授業で、C、D、E、F、G、A、Bという音名と
ごく簡単なコードネームを初めて知った。

#や♭がたくさん付いている楽譜も恐れることはないと
教えてくれたのもこの先生。

「楽譜の左端の調号を表わす#や♭に注目。
 #や♭が何個付いていようとも、
 #なら、いちばん右の#の音が、音階の“シ”。
 ♭なら、いちばん右端のフラットが、音階の“ファ”。」

ピアノを習っているくせに、
#や♭が三つ以上の楽譜が苦手だった私は、
中学校の音楽の先生のこの説明に、目からうろこ!だった。

40年以上前の音楽の授業の教えを引っ張り出して、
「夏祭り」の譜面を見ると、♭が四つ。
右端のフラットは“レ”に付いている。
ということは、“レ♭”が音階の“ファ”に相当する。

ファ→ミ→レ→ド 
という音階を当てはめると、
レ→ド→シ→ラ
なるほど、この曲は“ラ♭”から始まる変イ長調。

と、わかってしまうと、

「きーみーのー いた なーつーはー 
 とおいー ゆーめーのなかー」

という出だしのメロディを頭に浮かべることができた。
浮かべてみると・・・

あれ? この歌、知ってる。聞いたことがある。
ジッタリンン・ジンなんていうミュージシャンは知らないのに
なんでこの歌を私は知っているんだろう?

「太鼓の達人というームに使われているからでしょう」

と、あまねさんが解説してくださった。
けれど・・・「太鼓の達人」なんていうゲームは
見たことも聞いたこともない。
いまどきの曲には疎い私がなんでこの歌を知ってるのか?

帰宅後、ネットで検索して納得した。
「夏祭り」は、JITTERIN'JINNの1990年のヒット曲。
10年後にはWhiteberryというバンドがカバーして再びヒット。
紅白歌合戦にも出たそうな。
つまり、オリジナルは27年前、
そして17年前に再び流行った曲。
テレビやラジオ、そして街中でも、耳にしていたに違いない。

なーんだ、いまどきの曲じゃなかったのか(笑)

譜面の歌詞をたどってみると、
女の子と二人で歩く男の子のドキドキ感を
夏祭りの情緒を織り込みながら歌う、
なかなかいい曲だ。

それにしても、
おもわず「虫の声」を唄いたくなるような今日このごろ。
マダム達の素敵なコーラスと、
あまねさんの小気味いいピアノの「夏祭り」で
しばしお祭り気分♪の
8月半ばの朝の歌会ではありました。


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2017.07.30

大人の時間初体験

「旅行のお土産をお渡ししたいんですけど」
音楽友達のウォルフィーさんからメールが届いた。

お土産をいただけるのはもちろん嬉しいけれど、
ウォルフィーさんが、お土産を渡すためだけに
わざわざ出かけてくるはずがない。
木曜の午後7時、
待ち合わせの場所に行ってみると・・・

やっぱり・・・

巨大リュックを背負ったウォルフィーさん登場。
リュックの中身は「新楽器」に違いない。
さて、どこで見せていただこうかしらん・・・?

「Momokoさんがいつかお話してくれた
 十条にある、ピアノがあるお店に行きましょうよ」

ということで、十条はミュージカンテAMANEさんに
夜のバー営業のお客として初めて伺うことに。

気まぐれ参加させていただいている朝の歌会で
すっかりお馴染みのAMANEさんだが、
夜のバータイムは初体験。
そもそも“バー”などというお店には縁がない。

何て言って、お店に入ればいいんだろう・・・?
「こんばんは」でいいのかな・・・

などという心配は無用だった。
AMANEさんの前に立つと、
内側からすーっとドアが開いて
「こんばんは!」と、マスターが迎えてくださる。

そして、お店に入ってみると、
あれ? あれれれれ?
朝の歌会でお馴染みのマダムがいらっしゃる。
しかも、あとから一人、また一人、とマダム登場。
お喋りに花咲かせつつ、順番にマイクを持って
カラオケで歌ってらっしゃる。

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私達も、さっそくカラオケの順番に入れていただく。
全盲のウォルフィーさんは、巨大リュックから
自分で作った点字の歌詞カードのファイルを取りだすと、
さっそく美声のお披露目。

一曲歌い終ると、
巨大リュックから次々楽器を取りだすウォルフィーさん。
小さな太鼓、缶カラ三線・・・そして・・・
最後に、おもむろに取りだしたのは・・・

12弦ギター!
なるほど、これが今宵の「新楽器」。

ぜひ1曲、ということで
“ムーン・リバー”を弾き語り。

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(あまねさん撮影)

自分が奏でたい音が出せる楽器を求めて、
7弦ギター、8弦ギター、10弦ギターと
特別仕様のギターを次々と手に入れては
弾きこなしてきたウォルフィーさんが
遂に手に入れた「新楽器」の12弦ギターの音色に
横で耳をすませる私も感激ひとしお。

大きな荷物を背負ったウォルフィーさんと
猫柄バッグを背負ったMomokoさんご来店記を
ブログに綴ってくださったマスターは、
巨大リュックから次々楽器を出しては操り、
それをまた要領よくリュックに収納する
全盲のウォルフィーさんの手際のよさに、
しきりに感心してらっしゃる。

一方、“バータイム”のお客初体験の私は、
マスターのフル稼働仕様に感嘆。
お客がお手洗いに行くとみれば、ドアを開け、
そのお客が戻られればドアを開け、
カラオケ予約の操作に手間取っていれば助け舟を出し、
ギターを弾くウォルフィーさんの前には
マイクスタンドをセットし、
カウンター席のやてふさんと
二日後のライブイベントの打ち合わせをし、
その間にドリンクを出したり、片付けたり、
お客同士の交流の流れに潤滑油を差すことも忘れない。
そして、請われれば、お客の歌のピアノ伴奏をこなす。

弱視の私の目には見えないけれど、
マスターには目が四つ、耳が四つ、手足が4本ずつ
備わっているに違いない!と確信した、
大人の時間初体験@ミュージカンテAMANEの夜でした。

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2017.07.07

白菊賛歌~「庭の千草」をひも解いてみた

7月最初の木曜の朝。
十条のミュージカンテAMANEさんの朝の歌会へ。
毎度のことながら、お茶の時間からの参加。
お茶菓子とお紅茶をいただきながら、
マダム達とお喋りをしているうちに後半が始まる。

今日は参加者が希望曲を歌える「リクエストの日」。
「琵琶湖周航の歌」「小さな日記」「夜明けの歌」「翼をください」「浜辺の歌」・・・

リクエスト曲を次々歌って何曲目だったか、
「庭の千草」という曲名が告げられた。

庭の千草・・・だいぶ古い唱歌だよねえ・・・
もとはアメリカかイギリスの歌だったような・・・

などと思いながらiPadで歌詞を検索して
マダム達と一緒に歌い始める。

「庭の千草」というタイトルの歌だが、
曲の山場で繰り返されるのは、

「ああ、白菊、ああ、白菊」

まるで「白菊賛歌」みたいな歌詞と
賛歌というにはどこか哀調を帯びたメロディ。
何となく腑に落ちない歌ではある。
この歌は、いったい何を歌っているのだろう?
家に帰ると、さっそく、「庭の千草」の謎解きに取り掛かった。

「庭の千草」の原曲は、アイルランドの詩人、トーマス・ムーアの詩、“The Last Rose of Summer”を、アイルランド民謡のメロディにのせて歌ったのが始まりだった。

その原詩、The Last Rose of Summer
要約すると、このような内容らしい。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪

命を終えようとする赤い薔薇の花よ
美しい日々を共にしたお前の親しい者達は
夏が終わろうとする今、
一つとして残ってはいない。
最後に残されたお前を
ひとり朽ち果てさせることはしまい。
赤い花の色あせる前に、
親しい者達が眠る土の上に置いてあげよう。
私もまもなくお前のそばに行くだろう。
喜びを分かち合う者のいないこの世に
どうして一人残って生きていけようか。
(momoko抄訳)

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

愛する家族や親しい友たちが次々にこの世を去り、
ひとり残された晩年の我が身の孤独をうたう詩。

文語調のムーアの詩は日本人には少々わかりづらいが、
英語圏の人々にはストレートに伝わるに違いない。
実際、英語で歌われるThe Last Rose of Summerには哀しさが込められている。

では、「庭の千草」という日本語版は、なぜ「白菊賛歌」になったのか?

まずは、歌詞をじっくり読んでみる。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

庭の千草


庭(には)の千草(ちぐさ)も。むしのねも。
かれてさびしく。なりにけり。
あゝしらぎく。嗚呼(あゝ)白菊(しらぎく)。
ひとりおくれて。さきにけり。


露(つゆ)にたわむや。菊(きく)の花。
しもにおごるや。きくの花。
あゝあはれ。あゝ白菊。
人のみさをも。かくてこそ。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

何度読んでも腑に落ちない。
なぜそれほどまでに白菊を讃えるのか?

自力での謎解きをあきらめて、検索してみると、
「庭の千草」の秘密』というブログ記事にたどり着く。
古典文学研究が趣味だという筆者が
いくつもの和歌を引いて詳細に論じる「庭の千草論」。
5700字余りの論文をゆっくり、じっくり読み進むうちに、
「白菊賛歌」の謎が解けていく・・・

「庭の千草」の日本語の歌詞を書いた里見義は、
薔薇の花を、日本人になじみ深い白菊に置き換えて、
人生の晩年の孤独を描いてみせる。

晩秋を迎えた今、
庭を彩っていた草花も虫達も、皆、去ってしまった。
最後まで庭に残って、
冷たい露に耐え、霜ふる初冬の朝も頭をもたげ、
咲き続ける白菊よ。

たしかに原詩の薔薇の哀しさを白菊に託して歌っている。
けれど、日本語の詩を繰り返し読んでみると、
原詩との違いに気が付く。

The Last Rose of Summerでは

  喜びを分かち合う者のいないこの世に
  どうして一人残って生きていけようか。

と、孤独を嘆いて終わるのに対し、「庭の千草」は、

露の重さに身を曲げても
降り積もる霜にも身を起こす
白菊よ、胸に迫るその姿よ
人を愛するとはこういうことなのだ。
(Momoko訳)

命ある限り、胸を張って生き続ける白菊の美しさをたたえる、
まさに「白菊賛歌」なのだった。

「庭の千草」の謎解きがひと段落したところで、
AMANE さんの朝の歌会でご一緒させていただくマダム達の笑顔を思い出す。

「私は火曜日に来てるのよ」
「私は火曜日と木曜日」
「私なんか、AMANEさんに通ってもう10年よ!」
「ピアノで歌えるのがいいのよねえ」
「周さんのお喋りもね」

お二人の「新人さん」もご一緒に
朝の歌会後の定番、500円ランチを頂きながら、
お喋りが弾むマダム達。
毎回、お馴染みの顔ぶれで笑いあい、
いつもの顔が見えないとそっと胸をいためつつ、
歌会に通い続けるマダム達の笑顔に
庭の千草の華やかさと、
一人ひとり凛と咲く白菊の美しさを見る思いだった。

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2017.05.26

野ばらのパズル

5月最後の木曜日。
十条のミュージカンテAMANEへ。

今日は「リクエストの日」。
出るわ、出るわ、時代もジャンルも超えたリクエスト!

・遥かな友に(ボニー・ジャックス)
・野バラ(ドイツ歌曲)
・ローレライ(ドイツ歌曲)
・五番街のマリーへ(ペドロ&カプリシャス)
・荒城の月(日本歌曲)
・時代(中島みゆき)
・いのちの歌(茉奈 佳奈)
・白いブランコ(ビリー・バンバン)
・津軽の花(原田悠里)
・埴生の宿(イングランド民謡)
・おお、牧場はみどり(チェコスロバキア民謡)

知っている曲も、お初の曲も、
見事に伴奏してしまうアマネさんのピアノ伴奏にのって、
みなさん、張り切って歌う、うたう。

ドイツ歌曲の「野ばら」を歌い終わった時だった。
ひとりのマダムがふとふと呟いた。

「この歌、詞が先にできたんでしたっけ?」

わらべは見たり、野なかの薔薇・・・♪

という日本語の歌詞でお馴染みの「野ばら」。
シューベルト作曲と、ウェルナー作曲と、
二つのバージョンがよく知られている。
今日歌ったのはゆったりとしたウェルナー版。

元のドイツ語の歌詞は、たしか、ゲーテの詩だったはず。
「詞が先ですね」とアマネさんもおっしゃる。

「そうですよねえ・・・でも・・・」
まだ腑に落ちないご様子のマダム。

何がそんなに不思議なんだろう?
歌会から歩いて帰るみちみち、考えてみて、気がついた。

ドイツ語の「野ばら」は、ゲーテの詩が先で、
後からシューベルトとウェルナーがそれぞれ曲をつけた。

けれども、日本語の「野ばら」は、
シューベルトとウェルナーの曲が先にあった。
日本語版は「曲が先」だったというわけだ。

わらべ)は見たり 野なかのばら
清らに咲ける その色愛(め)でつ
飽かずながむ
紅(くれない)におう 野なかのばら

シューベルト版と、ウェルナー版と
全然違う曲想の二つの曲を、
まったく同じ日本語の歌詞で歌ってみたら
一つの日本語歌詞が、どちらの曲にもぴったりはまる。

奇跡のパズルのような現象ではないか?
訳詞とはいえ、ドイツ語と日本語とでは音韻がまったく違う。
二つの「野ばら」に一つの訳詞がそんなに都合よく当てはまるものだろうか?

「野ばら」の訳詞は近藤朔風。
調べてみると、近藤朔風が訳した歌曲は数多い。
今日の歌会で歌った「ローレライ」もその一つ。

近藤朔風は、東京音楽学校で学び、
数々の外国歌曲の訳詞を手掛けたのだそうだ。

もしかしたら・・・

最初からそのように意図して
創られた訳詞なのではないか?

ゲーテの詩に数々の作曲家が曲をつけた「野ばら」。
その中でもシューベルトとウェルナーの二つの歌曲が
ヨーロッパで高く評価されていることを
近藤朔風は知っていたに違いない。
そして、二つの曲のどちらで歌っても
美しく響く日本語の訳詞を創りだしたのではないか?

二つの「野ばら」に一つの訳詞。
この奇跡のパズルを解いたのは
近藤朔風という訳詞者だったに違いない。

それにしても・・・

「詞が先でしたっけ・・・?」
歌会のマダムの鋭い問題提起に
あらためて感心させられる。

そんな歌会からの帰り道。
「野ばら」の訳詞の謎解きに没頭するあまり、
うっかり道を間違えて、北区と豊島区の狭間のラビリンスから抜け出せず、
夕焼け小焼けが聞こえるころに、ようやく家にたどり着いたのでした。

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2017.04.29

独唱会の夜

4月最後の水曜の夜、10時過ぎ。
ミュージカンテAMANEさんの春の「独唱会」からの帰り道、
今宵、歌を披露されたマダム達のお一人と
十条駅へ向かって歩き出す。

「素敵な歌でしたねえ!」
「そーお?」
「ほんとうに。歌手の真似じゃなくて、自分の歌になってたじゃないですか!」
「あの歌ね、私に歌えるかしらと思ったのよ、最初は」
「曲はアマネさんと相談して決められたんですよね?」
「そう。どんなふうに歌うかも、アマネさんにアドバイスをもらいながら。難しかったわあ!」

控えめなマダムのことばの奥から、
「課題曲」を歌いきった達成感が伝わってくる。

今度は何を歌おうか、と考えるところから始まる独唱会。
カラオケではなく、ピアノ伴奏で歌う独唱会では、
歌い手の感性、個性がクローズアップされる。
客席で聞く側にとっても、
そこが独唱会のいちばんの楽しみ。

7名のマダムが一人2曲ずつ、14通りの歌がたり。
言葉とメロディとリズムと呼吸。
ひとりひとりが「自分の歌」をうたいあげる。

寿々さんも・・・

アマネさんのピアノ伴奏で歌われた
「サヨナラを言うために」の録音を聞きながら、思い出す。

木曜日の朝の歌会に気まぐれに参加させていただく私に、
いつも気さくに声をかけてくださった。

晩秋の季節外れの雪の木曜日、
歌会後の500円モーニングのテーブルでの、
笑いながらのひと言。

「この雪じゃあ、誰も来ないかもしれないと思って来てみたら、 みんな同じことを考えてるのよねえ!」

毎週の朝の歌会も、
春と秋の独唱会も、
お喋りしながら、笑いながら、
でも、歌う時は真剣に。

十条のマダム達の心意気に
また惚れ込んでしまった独唱会の夜だった。

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2017.03.27

ウナ・セラ・ディ東京

時々気まぐれに参加している
ミュージカンテAMANEさんの朝の歌会「さわうた」。
先週の木曜日は、参加者が1曲ずつ希望を出せる「リクエストの日」。

桜の開花宣言の直後とあって、
「春の小川」「さくら」「花影」など
季節にちなんだリクエストが続く中で飛び出したのが
「ウナ・セラ・ディ東京」という渋いリクエスト。

ザ・ピーナッツのヒット曲。

 ウナ・セラ・ディ・東京、ん~~~

しっとりと歌い終ったところで、
一人のマダムがピアノの前のアマネさんに話しかけた。
新旧の歌の数々をよく御存じのマダムである。

「ウナ・セラ・ディってどういう意味でしたっけ?」

え? ウナ・セラ・ディに意味があるの?
私は少々面食らった。
この歌が流行ったころ、私は小さい子どもで、
ピーナッツがテレビで歌うこの歌詞は、
「ウナセラディトーキョー」という呪文だと思っていた。

博識のマダムは続ける。

「黄昏という意味だったと思うのですけれど・・・」

ここで、ようやく気がついた。
“ウナ・セラ・ディ”はラテン系の言葉で、
Una sera diと書くはずだ、と。

Unaは「一つの」
Diは「~の」
Seraは・・・夜?

いや、ラテン系の言葉で、
夜はNoite(ポルトガル語)、noche(スペイン語)、nuit(フランス語)。
イタリア語はたしか・・・notteだ。

Sera・・・sera・・・sera・・・といえば・・・

そうだ、セレナータ。
恋人の眠る部屋の窓の下で歌う愛の調べ、セレナータ。
そのセレナータの「セレ」が
「夜」を意味するもう一つの言葉に通じるのか・・・?

つたない推測はここまで。
セレナーデの語源をipadの英語の辞書で調べてみた。

「serenade《語源》:イタリア語「晴朗な (SERENE)」の意; 後にイタリア語 sera (夜)の連想が加わった」
(新英和中辞典)

やっぱり、そうだ。
イタリア語のseraは「夜」と言う意味なんだ。
さらに調べると、seraは、英語のeveningに相当する、
「夕方」「宵」を意味するイタリア語らしい。

イタリア語の「こんばんは」の挨拶は
Buena sera!

これを
Buona notte!
と言ってしまうと、英語のGood night、「おやすみなさい」になってしまう

つまり、ウナ・セラ・ディ東京とは
Una sera di Tokyo
「東京のある夕方」という意味で、

「黄昏でしたっけ?」

というマダムの記憶は大正解。
彼女の博識に感心してしまった
木曜の朝の歌会のひとこまではあった。

~~~~~~~~~~

ピーナッツのヒットのきっかけになったという、
イタリア人歌手ミルバが歌うUna Sera Di Tikyo


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